環境エンジン開発のスペシャリストが社長に就任した
2021年2月19日午後5時、ホンダが急きょ、社長交代記者会見をおこなった。出席者は、現・代表取締役社長の八郷隆弘(はちごうたかひろ)氏、そして次期社長の現・専務取締役の三部敏宏(みべとしひろ)氏の二名だ。
会見は八郷氏による、社長としての約6年間の振り返りから始まった。
社長就任した際には『チームHonda』による現場から生まれるチャレンジを重視するといった話をしていた八郷氏は、この6年間で「既存事業の盤石化」、「商品開発体制の改革」、「研究所体制の進化」、「グローバルでの生産能力の適正化(狭山やイギリスの工場廃止)」などを大きな成果としてまとめ、「2050年カーボンニュートラル」、「交通事故死者ゼロ」という大きな目標を掲げたことを話した。そして総括として「やり残したことはない、打つべき手は出揃った。これからは刈り取りの段階だ」と宣言した。
ホンダが走り出す準備が出来た。だからこそ、新しいリーダーにより全社的に新鮮な気持ちでチャレンジしてほしいということで、新社長に三部敏宏氏を指名したのだという。
三部氏に託す理由について、「豊富な知識と力強いリーダーシップ」の持ち主ということを八郷氏は挙げたが、それは三部氏とコミュニケーションをとったことがある人ならば、誰もが実感していることだろう。
筆者が三部氏に初対面したのは2016年のことだった。そのときのポジションは本田技術研究所・取締役専務執行役員で四輪R&Dセンター担当というものだった。次にお会いしたときには本田技研工業の常務執行役員および本田技術研究所の取締役副社長、そして2019年には本田技術研究所の代表取締役社長と会うたびに出世していたという印象がある。まさにホンダのエースとして、なるべくして社長になったといえる。
しかし、三部氏のすごさは、そうした責任ある地位においても、ポジショントークをすることなく技術については真摯な態度で向かっていたところだ。ともすれば外部の人間にはホンダの凄さをアピールしたくなるだろうが、自分たちのウィークポイントを認めつつ、またホンダ一社ではなく社会全体としてどうあるべきかを語る姿には、ホンダのみならず、自動車業界のリーダーとしてふさわしいとエンジニアという印象が強い。
そんな三部氏が記者会見で述べた抱負で印象深いのは次の部分だ。
『既存事業の盤石化、将来の成長に向けた仕込みといった八郷が固めた地盤の上にホンダの未来、将来といった建物を建てること。その建物は100年に一度の変革期にも耐えるレジリエンス(復元力)を持ったものにしなければならない』。
より具体的には、2050年カーボンニュートラル、2050年交通事故死者ゼロを実現する取り組みを具体化することにあるという。三部氏の思いは、そうした明文化された目標だけにはとどまらない。
抽象的にはなるが、『暮らしを豊かにする生活の可能性を広げる、社会から存在を期待される企業であり続けることを目指していく』という。本田技術研究所の社長として、2030年以降のホンダを作っていく、新技術や価値創造の研究開発を進めてきた三部氏のなかには具体的なアイディアもあるのだろうが、それを発表するのは今回の記者会見は時期尚早というわけだ。
しかし、そのヒントを三部氏は語っている。『ホンダの社長として、これまで仕込んできたものを、お客様にとって魅力あるモノ、コトとしてカタチにしていきたい』という。一般論として、モノというのは商品を指すが、コトというのは体験を指す。クルマやバイクといったモノを売るビジネスから、コトを軸としたビジネスへの拡大も考えているのだろう。