この記事をまとめると
■1965年に誕生した初代シルビアは、美しいデザインが魅力の2ドアクーペ
■フェアレディを基として一部がハンドメイドで仕立てられ、高級セダン「セドリック」よりも高価だった
■パトロールカーとしても活躍したが、高価格ゆえ3年で生産終了した
そのルーツは1950年代にまで遡る
初代シルビアは、1964年の東京モーターショーで公開され、翌1965年に発売となった日産自動車の2人乗り2ドアクーペである。
欧州車と比べても見劣りしないその優美な外観は、日産社内の日本人デザイナーの手によるもの。かつて、世界に誇れるスペシャリティカーが日本にあったという誇りを覚えさせるし、その姿は、今日なお惚れ惚れするほど美しい。
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初代シルビアの基になったのは、日産の2ドアオープンスポーツカーであるフェアレディだ。ちなみにその後継車種が、今日まで続くフェアレディZである。
フェアレディは、ダットサンスポーツとして1952年まで遡ることができる。その2代目が、途中からフェアレディを名乗ることになり、当時は、ダットサン・フェアレディと呼ばれていた。そして、フェアレディとして2世代目が、初代シルビアの母体となる。
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トヨタがS800や2000GTを生み出すのは1960年代に入ってからだが、日産は1950年代にはスポーツカーという領域への足がかりをもっていた。それをさらに身近な存在へ引き寄せたのが、シルビアだったといえる。
エンジンは、排気量が1.6リッターの直列4気筒で、サスペンションはフロントが独立懸架式、リヤが固定軸式。これらの諸元はフェアレディと共通だ。車体の外板の成形や、内装の本革の扱いなどに手づくりの領域があり、シルビアの車両価格は、当時の日産の上級4ドアセダンであるセドリックを超える120万円であった。
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初代シルビアについてひとつの話題となるのが、東京と横浜をつなぐ第三京浜国道のパトロールカーに採用されたことだろう。さすがにオープンカーのフェアレディでは警察車両としての採用が難しくても、2ドアクーペとなったシルビアならということで、スポーツカー並みの走行性能を備えたパトロールカーの誕生となったのだ。
そして、セドリックよりも高く、大衆車サニーと比較すると2倍という価格の初代シルビアは、3年間のみで生産を終えることになる。その後7年の空白期間を経て、1975年に2代目シルビアが誕生した。以後、7代目まで継承されたが、2002年にその歴史の幕を閉じた。
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日本では、2ドアクーペの人気が限定的だ。ルノーと提携することでリバイバルプランの渦中にあった日産が、シルビアを継続するのは難しい時期であったのだろう。