この記事をまとめると
■1991年の東京モーターショーにいすゞのコンセプトカーとして「コモ」が出展された
■いすゞコモはF1用に開発した3.5リッターV12エンジンをミッドシップに搭載
■なぜか三菱のコンセプトカーと似ていると当時話題になった
いすゞの超高速ツアラーとして登場したコンセプトカー
いすゞ「COMO(コモ)」というクルマをご存じだろうか。現行モデルながら、おそらく街で見かけても気づかないことが多いかもしれない。なぜなら、日産キャラバンからエンブレムを変えただけのOEMモデルであり、運転席に座ってもステアリング中央にNISSANエンブレムがないだけで、完全に日産車の空間となっている商用ワンボックスだからだ。
そんな「COMO」だが、かつて東京モーターショーに出展されたことがある。それは1991年、まだ日本がバブル崩壊に深刻になっておらず、好景気に湧いていた頃の話だ。
現代以上にお祭り騒ぎだった1990年代のモーターショーにおいて、他社からOEM供給を受ける商用バンを展示するはずもない。1991年当時のCOMOは、いすゞがまったく新しいジャンルの乗用車を示すものとして作られたコンセプトカーだった。
いかにも当時のコンセプトカーらしいラウンドフォルムは極端なキャビンフォワードのパッケージが特徴。それもそのはずで、コンセプトカーCOMOは、V12エンジンをミッドシップに積んだ4人乗りの超高速ツアラーというコンセプトから生まれていた。
当時、日本の自動車メーカーではF1用エンジンを開発するのがトレンドで、実際に参戦していたホンダやヤマハのほか、スバルも水平対向12気筒エンジンを開発していたし、チューニングパーツメーカーであるHKSも3.5リッターV12エンジンを開発していた。いすゞも、そうした活動をしていた一社で、実際にロータスのマシンに載せたテストも行われていた。
モーターショーに出展されたCOMOが積むV12エンジンは、まさしくF1エンジンをストリート向けに転用したもので、同社のフラッグシップになる可能性を秘めたスーパースポーツだったのだ。その後、乗用車カテゴリーからは撤退することになるいすゞだが、1990年代は和製スーパーカーへの期待をもつファンも少なくなかった。