春開催となった日本グランプリが放つ変わらぬエネルギー
セミの声が聞かれなくなるころ、幾度となく鈴鹿を訪れた。春から胸に高鳴りを与えてくれ、仕事へ向かう月曜の朝の足取りを軽く、ときに陰鬱な気持ちにさせたF1グランプリがクライマックスを迎えるのだ。
9月から11月の間で開催日こそ変われど、幾たびもチャンピオン決定の場になったこともある秋の鈴鹿は、夏の余韻を感じるような暑さで、シーズンの終わりを実感させるような肌寒さで、人の渦を包み込んだ。それでも変わらないのは熱狂にほかならない。天候が、気温がどうであれ、F1が生み出すいいようのないエネルギーにあてられ、年に1度しか見られない鈴鹿がそこに生まれる。
伝統、といっても差し支えないであろう秋の鈴鹿が終わり、初めての試み、春の日本グランプリが開催された。2024年のシーズンはまだ序盤、これからどんなドラマが繰り広げられていくのか、誰が、どのマシンが、F1の趨勢を決めていくのか、ファンの議論が盛り上がっていくタイミングでの開催だ。
だが、鈴鹿でのF1は1987年から、すでに33回も開催されている。果たして4月に組み込まれたことで、どのような姿に変容するのか、期待とともに不安があったのも事実だ。結果としてそれは杞憂に終わる。まるで推し量ったように、随所に桜が咲き誇る聖地は変わらぬ熱量を放ち、地元ホンダにとって、そして多くの日本人にとって、レッドブルの1-2、角田選手の10位入賞という最高の結果をもたらした。
また、海外から訪れてきた多くファンは、サーキットにも、そしてサーキットへいたる道中にも咲き誇る、日本の象徴のような満開の桜を目にし、日本とはいかに美しい国か、黄金の国ではなく桜の国として記憶してくれたに違いない。
さて、筆者は一ファンとして、そして取材として、色々な立場で日本グランプリを訪れている。そのなかには、参戦チームであったり、マシンへのパーツサプライヤーであったり、とあるチームのスポンサーにご招待いただいたこともあった。そして今回は、幸運にもカタール航空のツアーに参加させていただいた。カタール航空は、ご存じカタール国の国営航空会社である。私がF1と同様に情熱を注ぐ欧州サッカーにおいて、リーグアンのパリサンジェルマンをスポンサードし、グローバルエアラインパートナーとして、セリエAのインテルとも提携している。なにより、2022年のサッカーワールドカップが開催されたことでもわかるとおり、スポーツに力を入れている国だということは自ずと理解できるだろう。
F1に関して、カタール航空は2023年から2027年までの契約で、F1全体をグローバルパートナーとしてスポンサードしており、またオフィシャルエアラインとなっている。加えて、アルピーヌチームのエアラインパートナーというポジションでもある。当然、鈴鹿においてもコースを見渡せば、随所にQATAR AIRWAYSのロゴを見ることができる。
今回参加させていただいたツアーでは、贅沢にもピットビル上に用意されるパドッククラブでの観戦。まるで高級レストランのような仕立ての室内で、専用に用意された食事や飲み物を堪能しつつ、ピットの真上からレースの行方を見守ることができるという、非日常感の味わえる内容となる。
オプション的に用意されるアクティビティも35年以上もF1ファンである筆者には、まるで現実という実感が湧かないようなものばかりだ。ピットウォークに決勝直前のマシンやドライバーの間を縫って見学できるグリッドウォーク、アルピーヌF1チームのガレージ体験、トラックの荷台に乗り、決勝前のコースを解説付きで巡るトラックツアーと、F1に魅せられた者が夢見る世界がそこにはある。
極めつけは、決勝中の1コーナー内側に立てるフォトサファリである。筆者の鈴鹿の観戦スポットとしてお気に入りは2コーナー2階のE2席。倍率の高いチケット争奪戦を勝ち抜き、スタート直後の1コーナーの飛び込みバトルを楽しむのが至福の時間だった。その、観戦席から眺めていた視線の先に自らが立っているのは、感動を通り越してなんとも不思議な感覚となる。自ら市販車で走行したこともある鈴鹿のコーナーを、まるで早送り映像のような、あり得ないコーナリング速度で視界から消えていくF1マシンの姿には、取材を通じてさまざまなレースを特等席で見る機会に恵まれてきた筆者でも、ため息が漏れた。