えっ、これってポルシェ911なの? じつは大人気だった「カエル顔」じゃない「フラットノーズ」の正体とは (1/2ページ)

この記事をまとめると

ポルシェは太客の要望に応じてフロントノーズをフラットな形状にした特別な930を製作

■後にポルシェはこのアイディアをフラットノーズとして商品化

■フラットノーズは964型でもターボをベースに製作された

特別なカスタマーのための911をちゃっかり商品化

 アメリカのセールススタッフが神さまとあがめる経済学者、ハーヴェイ・ライベンシュタイン博士が唱えた消費外部性理論のなかに「スノッブ効果」というのがあります。「他人とは違うものが欲しい」という心理が作用して、多くの人が簡単には手に入れられない商品の需要が増し、逆に多くの人が手に入れやすい商品の需要が下がる、ということらしいです。

 言われてみるとなんとなく「当たり前じゃん」てな感じですが、この理屈をうまいこと利用した(し続けている?)のがポルシェ。さまざまな限定品やスペシャルパッケージを繰り出してきたのは、このスノッブ効果を熟知しているからにほかなりません。

 1980年の秋ごろ、シュツットガルトのポルシェ・カスタマーディビジョンに奇妙なオーダーが舞い込みました。スイスのディーラー経由で、顧客の名前は明らかにされていませんが「オレの911からヘッドライトを省いて、935みたいにしてくれ」という注文に、カスタム部門は大いに戸惑ったそうです。

 たしかに、1976年にグループBカテゴリーを席巻した935は、カスタマー部門のドル箱商品となっていたのですが、それはあくまでレーシングカー。すでに顧客に納められていた911はナンバー付きの乗用車なので、エンジニアたちは首を縦に振らなかったといいます。

 が、ディーラーは「太客だから」の一点張りで、強引に引き受けさせてしまいました。できあがった911は、ヘッドライトが935と同じくフロントスポイラー内に格納され、目玉のあったフロントノーズはフラットな形状に板金され、スイス経由でどこかの国の大金持ちに納車されたのです。

※画像はポルシェ935ストリートバージョン

 これが911フラットノーズ、あるいはスラントノーズといわれるカスタムの出発点。誰かのアイディアをちゃっかり商品化するところは、じつにポルシェらしい商魂ではありますが、先に述べたスノッブ効果を大いに発揮したフラットノーズは、930シリーズだけでも230台ほどを売り上げたといわれます。

 さて、カスタマーディビジョンがフラットノーズを本格的にパッケージ化したのは1982年になりました。1981年のうちにもリリースしたかったようですが、スポイラー内へ935チックに収めたヘッドライトが欧州の法規をクリアできなかったため、リトラクタブル式に変更するための時間が必要だったとのこと。

 結局、944で使っていたユニットを小変更して搭載したのですが、これがまた911のカエル顔というかファニーフェイスのイメージを大きく変えることに成功。デビューイヤーには38台ものフラットノーズが販売され、911の売り上げが下がり始めていたポルシェにとって大いなる福音となったことは想像に難くありません。


石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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