この記事をまとめると
■現在は自社生産モデルが消滅したトヨタのオープンモデルに注目
■1980〜2000年代にはトヨタにも数多くのオープンカーがラインアップされていた
■一生に一度は乗ってみたい魅力と楽しさがオープンカーにはある
いまではほぼ絶滅状態のトヨタ製オープン
春から初夏にかけて、そして秋から初冬にかけてのドライブで最高の気分を味わわせてくれるのがオープンカーではないだろうか。季節の移ろいや風を感じて走り、太陽や真っ青な空、星空をわがものにできるのは、オープンカーならではの醍醐味である。
そんなオープンモデルは、ここ日本においては絶滅危惧種になりつつある。自動車販売台数の多くを占めるトヨタでさえ、純トヨタ車の市販モデルは現在、皆無。唯一のオープンカーとしてコペン GR SPORTがラインアップされているが、そのベース車両のコペンはダイハツ製だ。
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しかし過去には、1980年代から2000年代にかけて、トヨタには市販のオープンモデルが数多く存在した。今回はそんなトヨタのオープンモデルを振り返ってみたい。
年代順に振り返ると、まずは3代目・A60型のセリカ(1981-1985)に1985年、TA61型としてコンバーチブルが登場。もっともこれは北米仕様の逆輸入車であり、2.4リッターエンジンを搭載し、オーバーフェンダーを備えた限定9台(!)のスペシャルモデルだった。価格も当時としてかなり高価な595万円であった。
トヨタ・セリカ コンバーチブル(TA61型)画像はこちら
その限定車の注目度から、4代目T160型セリカ(1985-1989)にも、1987年、米国のASC(アメリカン・サンルーフ・コーポレーション)による専用ボディのコンバーチブルが加わった(ST162C型)。ベース車両を日本で生産し、海を渡り、コンバーチブル化され、また日本に帰ってくるという手間のかかったモデルだったのだ。
トヨタ・セリカ コンバーチブル(ST162C型)画像はこちら
1989年には、2代目ソアラ(1986-1991)に電動格納式メタルトップを採用したエアロキャビンがオープンモデルとして加わった。北米の海岸沿いに住むマダム御用達……というイメージ、キャラクターであったと記憶している。特筆点は、メタルトップを格納するため後席が取り払われ、2座の本革スポーツシート仕様となっていたことだ。なお、こちらは500台の台数限定車であった。
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1990年8月には、5代目T180型セリカ(1989-1993)にコンバーチブルが登場(ST183C型)。トヨタとヤマハが共同開発したとされる2リッタースポーツエンジンの3S-GE型を搭載し、デュアルモード4WSなど、スポーティで先進性あるセリカのコンバーチブルである。
セリカはその後、T200型の6代目(1993-1999)までコンバーチブルを用意。セリカの人気を底上げした希少モデルというべき存在だった。
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