
この記事をまとめると
■AMGはレースチーム向けに商用バンベースのトランスポーターを開発したことがある
■ディーゼルエンジンは直5ターボ化され127馬力まで強化された
■市販バージョンも登場し異色のレアモデルとなった
AMGがこれまで手がけたなかでも異色のモデル
「排気量の拡大に勝るチューンアップはほかにない。」ACコブラを作ったキャロル・シェルビーの有名な言葉ですが、「いわれなくともわかっとる」とばかりに実践していたのは、創業当初のAMGにほかなりません。とにかく、エンジンブロックが許す限りのスープアップは強烈なインパクトを生み出したもの。
そんなAMGですが、これまで一度だけディーゼルエンジンの排気量拡大&ターボチューンをしています。しかも、ベース車両はメルセデス・ベンツの商用バンというレアモデル。はたして、どんなバックストーリーがあったのでしょう。
1955年に起きたルマンでの大事故をきっかけに、レーシングフィールドから遠ざかっていたメルセデス・ベンツでしたが、1980年代後半に長年の沈黙を破ってレース活動を再開。F1をはじめ、グループCやDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)などで怒涛の走りを見せたこと、ご記憶の方も多いかと。むろん、当時のAMGもワークスファクトリーとしてDTMに参戦しており、エンジンの開発をはじめ、数々のマシンに携わっていたのでした。
そんな折、レーシングカーの運搬はメルセデスの系列会社、ダイムラー・ベンツ製トラックでこと足りていたのですが、スタッフ向けトランスポーターとなるとちょうどいいモデルがなかった様子。たしかに、メルセデス・ベンツは商用バンを改装したトランスポーターを生産していましたが、これにAMGのロゴを飾るだけではなんだかセコい。もっとAMGらしく強烈なクルマにできないか、と現場の声が上がったのも無理のないところ。
とはいえ、AMGの売り物である6リッターのSクラスではせいぜい5人しか運べません。そこで、アフェルターバックの首脳陣は断腸の思いでMB100D(W631)という商用バンを利用することを決定。
これは当時のメルセデス・ベンツ・スペインが生産していたキャブオーバーバンで、Dのイニシャルが表す通り2.4リッターのディーゼルエンジン(OM616)を搭載し、72馬力を発生していたモデル。ちなみに、メルセデス・クオリティはスペイン工場までは及ばなかったようで、ヨーロッパでは「錆びベンツ」などとポンコツなあだ名が付けられていたとのこと。
このOM616エンジンをAMGがどうチューンしたかというと、当初はターボチャージャーの追加のみで、95馬力までパワーアップしています。が、これでは力不足と判断したのか、エンジンを直列5気筒3リッターディーゼル(OM617)に変更、さらにターボ過給というチューンアップを実行。その結果、127馬力の最高出力を発揮することになり、ようやくAMGのメンツが保たれたという次第。
DTMマシンと同じく、ブラックボディにシルバーのストライプが施され、サーキット映えのするトランスポーターに仕上がっています。
これが評判を呼んだのか、こともあろうにAMGはトランスポーターの市販に踏み切りました。ベースは2.4リッターと3リッターいずれかのチョイスが可能とされ、控えめながらもエアロパーツを前後に配し、色気のなかったヘッドライトを丸目4灯とすることでいくらか精悍さも増しています。
また、5連メーターが配されたインパネや、シート生地にもアルカンターラを用いるなどアップグレードが施されたほか、乗車定員を減らしてテーブルやフリースペースを加えるなど、商用っぽさを払拭。ベース車両とは比べ物にならないゴージャスワゴンに生まれ変わっています。
販売台数や期間は公表されていませんが、ゴージャスなトランスポーターはまだまだ珍しかったころだけに、相当な数が作られたのではないでしょうか。噂によれば、DTM向けトランスポーターは、その後アフェルターバッハにあるAMG本社で送迎用としてしばらく用いられたとか。
これから先、AMGのバッジをつけたディーゼルモデルが出てこないとも限りませんが、トランスポーターというのは考えづらいもの。たとえ文字どおりの「錆びベンツ」になっていようとも、お宝モデルであることは間違いないでしょう。