シビックみたいなビルを目指した
ホンダの本社ビルは、見れば見るほど構造が特殊で面白いのが特徴だ。
ビルを建造する際、主となる柱が4本必要で。それがフロアを貫通するような構造になるのが一般的なんだそうだが、ホンダの本社ビルは、1本出ているだけであとは全部壁と一体化し、限られた空間をとにかく広くしている。
よって、余計な壁などもないことから、部署の再編などで机のレイアウトが仮に変わるとなっても、簡単に好きなレイアウトにできるのだ。クルマの車内空間を設計するのと似たようなコンセプトとなっている。また、社内を通る配線は床下に格納し、エレベーターホールはスペースを最大限拡大し、設備等の機械はなるべく小さく省スペース化して、オフィスを広くしている。
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クルマオタク的に言うなれば、「ビルにMM思想をぶち込むとこうなる」といったところだろうか。1985年の段階で、かなり合理的なオフィス作りをしていたことになる。「ホンダは研究や工場がメインだから、本社は合理的にすればいい」という考えが投入されている。
さて、そんな本社ビルのオフィスから外を見ると目に入る設備がある。
そう。バルコニーだ。このバルコニーこそ、かの有名な「地震等で割れたガラスが落ちない受け皿」だ。これも、本田宗一郎氏が「安全第一でクルマやバイクを作ってる我々が、人様に怪我させてはならん!」と考え設置したもので、このバルコニー神話は超有名なエピソード(なはず)。
実際歩いてみると、なるほど。これなら確実に下にガラスが落ちることはないだろう。大人ふたり並んで歩けるほどのスペースがある。これが、ガラスを囲む形で端から端まで設置されている。ただバルコニーを歩いただけだが、あの有名なバルコニー神話を知っていたがゆえ、感動したのはここだけの話。
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なお、ビルを設計するとなると、バルコニーの設置はもちろん無駄なお金が掛かる。さらに出っ張るぶん、使える土地も少なくなる。よって、合理性の面でいえば無駄な設備筆頭。我々を囲む周囲のビルがそれを物語っている。しかし、ホンダはそこは安全第一。水のために樽まで設置してしまうのだから、ホンダにとってこういった考えは、お金云々じゃないのだ。
最後に入るのは、筆者が逆立ちしても普段入ることがない……というか入れない、16階の「応接室」だ。
ここは、その名のとおり会社の役員や来客が訪れる部屋となっており、目の前が赤坂御所が見渡せるようになっている。しかし、これが警備上、当時大問題となり相当協議した末に、なんとか許可が出たという背景があるそう。なので当日我々は外に向けての写真撮影はNGであった。周囲のビルを見ても、赤坂御所側にガラスがなかったことから、このビルが相当特殊であったことが窺える。
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応接室は、美術品が複数展示されているが、これは本田宗一郎氏の盟友である藤沢武夫氏の趣味なんだそう(美術方面に相当造詣があったよう)。まるで昔の洋館のような佇まいだ。
細かいところだが、部屋の角に使われている木材など、人が当たると痛い場所はすべて角が落とされ、丸みをもたせている。こういったこだわりもホンダらしい。
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なお、この部屋は1986年にダイアナ妃とチャールズ皇太子が日本に訪れた際、立地などがいいことから、控え室にもなっていたという逸話も残っている。
そんなホンダの意思をフル投入した本社ビルを手掛けたのは、芸能人の自宅などを手掛けた椎名政夫氏と、大手ゼネコンの間組だ。「シビックのようなビルを作りたい」という意思を具現化したこの建物は、まさに名建築といっても過言ではないだろう。「シビック」とは「市民」という意味をもっており、クルマのシビックは「市民のためのクルマ」を目指して開発されている。
このビルでたとえるなら「シビック=社員」かもしれない。社員のためのビル。それがホンダ青山ビルなのだ。
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たった40年でこれほどの名建築を崩してしまうのは、なんとも惜しいが、ホンダは、「2030年からホンダは新しいステージに突入するので、そのためにゼロから再スタートする意味も込めて、5年後の完成を目指して、ビルを建て直します」としている。
今のビルに一般人が入れるのは、2025年3月31日(月)まで。社員の業務は5月末で終了するという。
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ホンダファンはぜひ、閉館前の最後にもう1度訪れてみてほしい。そして外からビルを眺めて、本田宗一郎イズムを感じ取ってもらえたら、いちホンダファンとして幸いだ。