やっぱり日産はこうでなくちゃ! 80年代に登場した「ガルウイング」「タッチパネル」「バイフューエル」とてんこ盛りコンセプトカー「NX21」の勢いがヤバイ (1/2ページ)

この記事をまとめると

■1980年代の日産は革新的なクルマを次々と発表していた

■NX-21は未来的デザインや技術を取り入れた意欲作だった

■パルサーEXAなど市販車にもNX-21の影響が色濃く反映された

1980年代の日産らしい「ぶっ飛び」コンセプトカー

 思えば「やっちゃえ日産」というコピーは、1980年代の日産を思い出して「やっちゃえ」と自らを鼓舞しているような気がしてなりません。それというのも、1980年代にリリースされた市販車やコンセプトカーは世界中がアッと驚くものばかりで、文字どおり「やっちゃってる」わけです。

 なかでもクーペとシューティングブレークという2通りのボディが選べる、あるいは着せ替えできるという画期的なアイディアだったパルサーEXAなどは最たる例かと。このアイディアの根っことなったコンセプトカー、NX-21もまた当時としてはぶっ飛んだもの。とにかく、日産にとってはいい時代だったことは間違いありません。

 日産がカリフォルニアにデザインスタジオを創立したのは1979年のこと。むろん、現地の空気を読み取って北米でガンガン売れるクルマを作るため。なので、1980年代はアメリカに向かっての積極的なプロポーザルがじつに盛んだったのです。

 当時のスタジオでチーフスタイリストとして活躍していたのが、元GMのデザイナー、トム・センプルでした。彼が最初に手がけたとされているのが、1983年の東京モーターショーでも展示されたコンセプトセダンこと「NX-21」だったのです。そのころのアメリカはセダン離れが始まりかけており、SUV的なモデルが流行り始めたのですが、NX-21はその斬新なスタイル、コンセプトから大注目を浴びたとされています。

 ウェッジシェイプを一段と洗練したセダンのプロポーションは長く、クラウチングスタイル。ホイールベースは、1990年代のリンカーン・コンチネンタルと同じ2985mmとエレガントさをアピールし、また車高も1280mmと現代のGR86よりも低いもの。いかにもコンセプトカーらしいアピールながら、ウインドウ・イン・ウインドウを備えたサイドガラスは実用性もほのめかしています。


石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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