この記事をまとめると
■ケータハム・セブンは運転の概念を変える衝撃的なクルマだ
■「軽さこそ正義」を体現し、常に純粋なドライビング体験を提供しつづけている
■エンジンの種類を問わず一貫して走る楽しさを追求した一台だ
「走る」ということだけを追求した究極のクルマ
もし、初めて乗ったときにもっとも大きな衝撃を受けたクルマは何だった? と問われたら、僕は「そりゃケータハム・セブンでしょ!」と答えるだろう。スーパーカーブームの頃に憧れたイオタ──正確にはミウラSVJも強烈だった。F1ドライバーですら畏れを抱いたというフェラーリF40も強烈だった。ほかにもある。でも、クルマに対する概念や価値観のようなものを5分たらずでスッパリ変えてくれたのは、セブンだけだった。
そのときステアリングを握ったのは、先輩の所有していた1980年式の1600GTスプリントという比較的スタンダードといえたモデル。たった110馬力の1.6リッターOHVでリヤサスペンションはリジッドアクスルと、あの当時にしてもメカニズム的には古めかしく、スペックだってほかのスポーツカーたちよりだいぶ見劣りしてた。
なのに、だ。蹴飛ばされたサッカーボールにでもなったかのような瞬間的に弾ける加速。何かに足を取られてつんのめったかのように速度を削る減速。心のなかで“曲がれ!”と唱えただけでコーナーを素早く置き去りにしていくハンドリング。全身が暴風のなかに放り込まれたかのような激しいオープンエアドライブ。それらが渾然一体となって襲ってきてるときの“快感”に、僕は一発で叩きのめされた。
スポーツカーにとって、たしかに馬力やトルクというのも重要ではあるのだけど、“軽さ”というものにまさる正義はないのだな、と心に身体に激しく叩き込まれた。当時、僕はまだ20代の前半。35年以上も前の体験だ。
セブンっていうのはホントに凄いスポーツカーだな、とそれ以来ずっと思い続けてる。何しろロータスがマーク6の流れを汲むクラブマンレーサーでありロードカーでもある最初のセブンを発表したのは、1957年。あと2年で生誕70年だ。悠久ともいうべき長い時間を経たいまも、ずっと基本設計を変えず、生産が続けられ、新車で販売され、しかも年々進化し続けてすらいる。
写真を御覧になってわかるとおり、フツーとはいえないクルマだ。極端に低い、1950年代の葉巻型フォーミュラマシンのようなスタイル。ドアをもたないばかりかフロントのウインドウスクリーンすらない仕様だってある。
剥き出しの室内を覗けば、ステアリングとシフトスティックとシートとシートベルトとメーター類とペダル類はあるけれど、ほかに装備らしい装備は何も目に入ってこない。エアコン? インフォテインメントシステム? 何じゃそりゃ? で、ヒーターすらオプション設定というモデルもある。現代のロードカーなら備えていて当然の“おもてなし”系エクイップメントなんて端から眼中になく、走るために必要なモノ以外はひとつももってないのだ。
とくればあえていうまでもないのだが、ドライバーエイドやドライビングアシストのための電子デバイスだって、もちろん何ひとつない。徹頭徹尾、何もない。それはもう潔いくらいに。
こういう原始的なスポーツカーが70年近くずっとエンスージャストから熱愛され続けているのは、とても驚異的なことではあるのだけど、紛うことなき事実なのだ。
その理由は、セブンというクルマを一度でも走らせたことがあるドライバーなら、誰もが理解してる。何もないからこそ軽い。何もないからこそ操縦に没入できる。何もないことがこのクルマの魅力を作り上げてるのだ、ということを。
セブンはただ“走る”という一点のみにフォーカスしたクルマだ。いうなれば“操縦専用車”。A地点からB地点まで人と荷物を乗せて快適に移動するための乗り物ではなく、A地点を出発してひたすらドライビングを楽しんでA地点に戻る、あるいはA地点から出発して特定のB地点で思うがままにパフォーマンスを堪能してA地点に戻る、という乗り方こそが相応しい。
サーキットまで自走して、コンマ1秒を競って、また走って帰るという1950年代の英国式クラブマンレーサーが原点なのだ。
走りのために必要なモノ以外には何ももたないのも当たり前。時代とともにロードカーとしての色合いが濃くなってからも余計なモノをもたないままだったのは、“重さ”というヤツに加速→減速→旋回→また加速という流れを邪魔されず、純粋に“操縦する”ことの楽しさを堪能できるクルマであろうという意思の表れだ。ケータハムは“軽さは正義”を貫き続けてきたのである。