乗用車とは比べ物にならないほどの距離を走るタクシーとバス
自家用車の世界では走行距離が10万kmを超えると「結構走ったな」となるが、これがバスやタクシー、トラックとなるとまさに桁違いな話となってくる。ここでは旅客運送車両(バス・タクシー)に絞って話を進めたい。
タクシーの年間平均走行距離は、東京特別区(23区)及び武蔵野・三鷹市地域(東京23区武三地区)でだいたい13万kmあたりが目安になるとのこと。1出番あたり(隔日勤務/朝車庫を出て翌日未明車庫に帰るといった乗務形態)350kmが上限走行距離とされている。1台のタクシーに2名の担当運転士がついて毎日350km走行すると、年間で約13万kmとなる。そうはいっても、休車(稼働しない日)もあるので、おおむね13万kmをやや下まわる距離が目安とされている。
東京23区武三地区はほかの営業地域より走行距離が伸びやすいこともあるので、4年ほど使っておもに新車に入れ替えることになる。そうすると50万km弱ほどで車両が入れ換えられることになる。
地方のタクシー会社は新車への入れ替えは懐具合もあり、なかなか難しいので、東京23区などの都市部で使われたタクシーを購入し、それまで使っていたタクシーは中古車として地方のタクシー事業者などへ再販されることになる。
「タクシー車両の設計では過去には生涯走行距離50万kmで設計されていたと聞きます(50万kmまでは大がかりな補修を必要とせず走ることができる)。昔はタクシーの運転士さんで現役を引退したタクシー車両を自家用車として乗る人が多かったのですが、『40万kmぐらいで引退した車両が一番調子よく残り10万kmほどを快調に走ってくれるんだ』と運転士さんから聞いたことがあります」(事情通)。
過去には、トヨタ・クラウンのロイヤルサルーンなどが個人タクシー車両としてよく使われていた。「個人タクシーの運転士さんからは、『メーカーも私たちがタクシーとして使うのをわかっているので、30万kmあたりまでは平気で走るように設計している』と聞いたことがあります」(事情通)。
タクシーの世界では新品部品で補修することはほとんどない。たとえば、ドアを凹ましたとしてドアパネル交換となったら、中古のリビルトパーツを探すことになる。そうなると、タクシーとしてよく使われるクラウンは、リビルトパーツも豊富にあるとのことで、その意味でも個人タクシー車両としてよく使われていたとも聞いたことがある。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が起こると、定期的なタクシー車両の買い替え需要に狂いが生じた。コロナ禍でほとんど稼働しない日々が続き、車両自体の走行距離が伸びないなか、タクシー会社の経営が圧迫されるようになり、さらにそれを見た金融機関からは車両入れ替えのために必要な融資が受けられにくくなったり、リース審査が通りにくくなったりもしたこともあり、車両使用期間が延長されるようになった。
「とくに地方のタクシー会社の車両入れ替えが進んでいないように見えますね。オドメーターを見るのが怖くなるような(かなり走行距離が伸びている)車両が現役で走っているようです」(事情通)。
もちろん個体差もあるので全部が50万kmを快調に走りきるというわけでもない。「私は以前日産セドリックのタクシーに乗っていましたが、トランスミッションやエンジンの換装というのもよくありました。経年劣化のわかりやすい特徴としては、まず空調操作部の照明がつかなくなります。あとは計器盤の半分の照明がつかなくなっていくことが多いです」とは過去にタクシー運転士の経験のあるKさん。シートのへたりも経年劣化でひどくなるので、それぞれ運転士が専用座布団などを持ち歩いて腰痛対策を施していた。
ところがバス業界関係者にいままでのタクシーの事情を話すと、『甘いな』となるとのこと。「バスでは100万kmがタクシーでの50万kmに相当するそうです」(事情通)。
バス専門の中古車販売業者の物件情報をみると、走行距離はバラバラではあるものの、60万km以上80万km近い中古車物件も珍しくない。中古車で購入したあとは再び営業運行されるので、100万kmぐらいが生涯走行距離ともされているが、さらに再販されるケースもそれほど珍しくないとのことで、120万km前後の走行距離のバスも、意外なほど街なかを走っているようである。
バスやタクシーは車検が1年ごとにあるし、日常点検もきめ細かく行われている。さらにもともと走行距離50万kmや100万kmに合わせて設計されているからこそ、当たり前のように50万kmや100万kmまで営業車両として使うことができるのである。