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前述したとおり「なぜこの表記が始まったのか?」という正確な理由は不明だ。だが、一般社団法人 熊本県メンテナンス協会は、「15cm幅の線で『軽』をという字を描く場合、最低でも縦横1.5mのスペースが必要になる。だが『圣』であれば縦1m・横60cmと、半分以下で済む。最初に誰が始めたかはわからないが、時間や経費の節約のため、駐車場の所有者と相談して使ったのではないか」との見立てを、熊本日日新聞社に対して話している。
もちろん断言はできないものの、おそらくは熊本県メンテナンス協会さんの見立てが正解または「正解に近いもの」なのではないかと推測する。ただし近年は、昔のように路面に塗料で文字を書くのではなく「シートを焼き付ける」という工法が主流になっている。そうなるとわざわざ「圣」という略字(方言漢字)を使う必要はなくなるため、駐車場における「圣」の表記は、熊本県内においても今後は次第に姿を消していくことになるのだろう。
繰り返しになるが、熊本県の駐車場における「圣」という表記がいつ、なぜ、誰によって始められたかはわからない。だがこの「圣」という字の使い方は、いわゆる「方言漢字」の一種であるとはいえる。
方言漢字とは、要するに「漢字の地域差」で、話し言葉に方言があるように、漢字にも特定の地域でしか用いられない「方言漢字」がある。その多くは地名に見られ、たとえば主に秋田県に見られる「轌(そり)」や茨城県の「圷(あくつ)」、香川県の「沺(さこ)」などは方言漢字であるといえる。また、スシの漢字表記は東京では「鮨」が優勢だが、近畿地方では「鮓」が優勢となっている。
また、熊本県内の駐車場に偏って存在している「圣」という表記は、「景観文字」という概念で説明することもできる。
景観文字とは「①紙ではない文字である ②年代不詳である ③残らない ④手書き・手作業によるものである ⑤伝承されるものである ⑥実用的である」という6つの特徴をもつとされるものだ。過日筆者が当サイトにて触れた「公団ゴシック」というやや特殊な書体も、景観文字の一種といえるのだろう(まぁ公団ゴシックには③の「残らない」という特徴は該当しないのだが)。
つまり、景観文字とは「誰が始めたものか定かではないが、とにかく“実用”のために(紙以外の場所で)発生し、手作業で書かれ、そしてそれが伝承されたもの」だ。そして熊本県内の「圣」も、③以外は景観文字の特徴がほぼそのまま当てはまっている。
古き良き──かどうかはわからないが、少なくとも大変ユニークではある熊本の「圣」という景観文字は、工法の変化に伴い、長期的に見れば消滅を免れないのだろう。だがそれにはまだまだ長い時間がかかるはず。熊本県を訪れた際は、筆者もしっかりと「圣」の字を目に焼き付けたいと思っている。