数枚の図面とメモを頼りに再現されたタイプ52
「シュネル・シュポルト(速いスポーツカーの意)」と呼ばれたタイプ52ですが、スポーツカーレースへの参戦どころか、プロトタイプすら作られませんでした。1935年にプロジェクトはゴミ箱行きになったようですが、これは各リソースをF1(グランプリ)に注ぐことが上から命じられたという説もあります。
いずれにしろ、アウディやポルシェに残されていたタイプ52の資料は、数枚の図面とメモ書き程度だったとか。
この少ない資料から「再現してよ」と無茶ぶりされたのがイギリスのレストアファクトリー「クロスウェイト&ガードナー」。彼らはブガッティT51の完全レストアやノートンマンクスのデスモドロミックをゼロから再現するなど、世界に名の知れた技術集団。むろん、すべてのコンポーネントはカスタムメイドで、ほとんどが手作り。
横に3人乗りとしたからか、それまでのシルバーアローよりもいくらかファットなボディは、残されていた簡単なスケッチをもとに、アルミ板金職人がイメージを最大限に膨らませたとか。
もっとも、エンジン、トランスミッション、そしてギヤボックスはアウディ自身がリプロダクトしたグランプリカーからの流用で、足まわりはクロスウェイト&ガードナーの提案により、タイプ22のような横方向のリーフスプリングとフリクションダンパーの組み合わせの代わりに、縦方向のトーションスプリングサスペンションと油圧ダンパーを組み合わせたといいます。サーキットよりも、公道レースを想定した設計といえるでしょう。
全長は軽く5mを越えていますが、車両の総重量は1750kg、無負荷重量(乗員、ガソリン、スペアタイヤなし)が1300kgと、アルミボディとはいえ驚くほどの軽量です。
なお、グッドウッドでステアリングを握ったハンス・ヨアヒム・シュトゥックはレジェンドとも評されるドイツのレーシングドライバーですが、彼の父親、ハンス・シュトゥックもまた現役時代にシルバーアローを駆って何度も優勝をした伝説的ドライバー。親子二世代にわたって、化け物のようなマシンを操ってきたわけで、グッドウッドの観客はそんな感慨もあわせてタイプ52の疾走に見入っていたのではないでしょうか。