この記事をまとめると
■エイドリアン・ニューエイはF1界で有名なエンジニアのひとり
■30年以上F1マシンに携わり数多くの画期的なデザインを生み出している
■2025年から長く在籍したレッドブルを離脱するので今後の行方が注目されている
30年以上F1の場で活躍している名エンジニア
映画「ロッキー」シリーズのファンにとって、エイドリアンといえば、劇中のロッキーの愛妻のことだが、モーターレーシングの世界でエイドリアンといえば、「空力の魔術師」といわれる稀代のエンジニア、エイドリアン・ニューエイのこと。
F1で最多勝記録を持っているドライバーは、ルイス・ハミルトンで通算104勝(2024年ハンガリーGP終了時点)だが、エイドリアン・ニューエイが生み出したマシンの優勝回数は、すでにハミルトンを大きく上まわる214勝(同上)。
彼のデザインした作品(F1マシン)は、コンストラクターズチャンピオンを12回、ドライバーズチャンピオンを13回も獲得している。
関わったF1チームは、フィッティパルディ、レイトンハウス マーチ、ウィリアムズ(51勝)、マクラーレン(43勝)、レッドブル(120勝)の5チームで、圧倒的ともいえる成績を収めている。
F1界には、彼のほかにもコーリン・チャップマン、ジョン・バーナード、ロリー・バーン、パトリック・ヘッド、ゴードン・マレー、ハーベイ・ポスルスウェイト、ロス・ブラウンといった、天才、奇才デザイナーが存在したが、エイドリアン・ニューエイほど成功したデザイナーは空前絶後で、1990年以降、F1の真のチャンピオンは、「エイドリアン・ニューエイだ」と評価する声すらある。
彼は最初から流体力学の専門家で、大学でも機械工学ではなく航空宇宙工学を専攻。
大学卒業後、F1の弱小チーム「フィッティパルディ」(ワールドチャンピオンのエマーソン・フィッティパルディの兄、ウィルソンが設立)に加入したときから、エアロダイナミシストとして活動を開始。
その後、マーチ・エンジニアリングに移籍し、アメリカのインディ500を制したマシンをデザイン。年間タイトルも手にしている(1985年)。
そして、日本人にもなじみの深い、レイトンハウスのマーチ881でF1にカムバック。ターボエンジン全盛期に非力なNAエンジン(ジャッドV8)を搭載したマシンを使い、日本GPで一時ラップリーダーに浮上の快走!
以後、マンセル、プロスト、ヒル、ビルヌーブ、ハッキネン、ベッテル、フェルスタッペンなどのチャンピオンの走りを支えてきた。
彼が30年以上の長きにわたってずっとトップランナーでいたということは、どんなレギュレーションの変化にも柔軟に対応し、優れたアイディアを出し続けてきた何よりの証拠。
しかも彼のキャリアのおおよそ半分は、決して最強のエンジンを得ていたわけではない(ウィリアムズ時代のルノーV10や最近のホンダPUが例外的)。