いまでもバス運賃を現金で払う人は意外なほど多い
また、現状でも全国津々浦々の路線バスに交通系IC決済端末機などのついている運賃収受箱が搭載されているわけではない。となると、キャッシュレス限定を進めるための「導入補助金政策」というものが思い浮かび、前述した利権が脳裏をよぎってしまう。もちろん補助金の原資は税金となる。
そこでアメリカの路線バスの話。筆者は、ラスベガスではバスを複数回利用するので、停留所にある販売機で時間限定の乗り放題パスを買って乗車している。最近は専用アプリでの支払い及び乗車も可能となっているようだ。2023年に筆者が乗車したときにはまだ現金決済が可能であった。最新の運賃は把握していないが、意外なほど高く、紙幣を1枚ずつ投入するタイプになっていた。ロサンゼルスの路線バスも同様であった。
ラスベガスの場合は全米や世界から訪れた観光客も利用するのでかなり特別であり、アメリカ国内だけを見れば、圧倒的にバスや鉄道を利用した生活をしたことがない人が多いので、現金決済を残さざるを得ないようにも見える。
また、一般的な都市部の路線バスは、一定収入以上の人は治安が悪いとのことでまずバスを利用せず、自家用車で移動する。そのほかの人でヘビーリピーターは、もちろんバスカードでの(いまはアプリもあるかも)決済がメインだが、利用層がかなり限定的で、カードを必要としないほどめったに利用しない人もいるので、アメリカであっても現金決済が残されているのかなと考えている(クレジットカードはバスを利用する層では持っていても利用限度額がかなり低いので有効とはいえない)。
いまどきのお年寄りはスマホも巧みに使いこなしているので、キャッシュレスには抵抗はないようにも見えるが、筆者もお年寄りに近い年齢なので、長年の習慣というものはなかなか変えることはできない。事業者がお願いして現金払いをフェードアウトさせるのは難しいだろう。
その意味では、国交省主導でキャッシュレス限定にするのは正しい方向なのかもしれない。以前ある運賃収受箱メーカーで聞いたときには、メーカーとしては完全キャッシュレス機というものはすでに対応できる体制は整っているとして、「完全キャッシュレスにするかどうかはバス事業者の判断となるので、実現は難しいかも」と話してくれた。
ただし、年齢も性別もさまざまだが、いまでもバス運賃を現金で払う人は意外なほど多い。なかには運転士さんに「1万円両替できますか」と詰め寄るマダムもときおり見かける。中国では国際的なイベントを開催するときなど、開催都市では開催期間に限り地下鉄やバスを無料にすることもあると聞くが、そのときには利用者が殺到して大パニックになることが過去にあった。
普段はバスの利用すら控えている、シビアな環境で生活している人や、普段は交通費がかかるので広域移動を控えるお年寄りなどが多い現れともいわれ、今後、日本でもそのような層は見過ごせない状況になってくるのではないかともいわれており、その点では「たまにしか利用しない人」を無視して全面キャッシュレスを進めることにはリスクが残るともいえよう。新しい紙幣が発行されるとメディアが声高に報じるなか、「全面キャッシュレス」ということにどこかチグハグさを感じるのは筆者だけではないはずだ。
キャッシュレス決済限定が時の流れに沿ったものなのかもしれないが、誰でも安価で安易に利用できるという公共交通機関の使命だけは忘れないでほしい。