この記事をまとめると
■日産テラノはオンオフにめっぽう強いクロスカントリーモデルとして1986年に登場した
■2代目テラノはアテーサE-TSベースの四輪駆動システムを採用して一躍話題となった
■海外ではパスファインダーとして販売が継続されており、日本でも再販の声が上がっている
日本でたった2代で消えたテラノ
日産ファンのみならず、1980年代から1990年代、2000年代初頭にかけて日産のSUVといえば、コレ! ……といわれたのが、海外仕様ではパスファインダーと呼ばれる日産テラノである。
1986年にデビューした初代はトラックベースながら、オンオフにめっぽう強いクロスカントリーモデルとして一世を風靡。パリダカールラリーで華々しい戦果を残した(クラス優勝の常連でもあった)ことも記憶に残る1台だ。
パワーユニットは2.7リッター直4のTD27型ディーゼルエンジン、および3リッターVG30型V6エンジン(NA/ターボ))が基本で、4速ATまたは5速MTと組み合わされ、駆動方式はFRと4WDが用意されていた。
北米では3代目Z31型フェアレディZ 300X(1983年~)に準じるVG30E型エンジンを搭載していたことから、オフロードの”Zカー”(北米でのフェアレディZの愛称)なんて呼ばれていたりした。
そんな日産テラノが一躍脚光を浴びたのが、1995年に登場したR50系の2代目だった。ラリーを前提としたモノフレーム構造を採用し、4WDにはパートタイム4WDに加え、R32スカイラインGT-R譲りのアテーサE-TSベースのオールモード4×4を搭載したモデルが設定されたからである。
パワーユニットは2.7リッター直4、3~3.3リッターV6ディーゼルエンジンが用意され、駆動方式はFRと、前後駆動配分がFR的な0:100から50:50(直結)まで無段階に可変する4WD=オールモード4×4。
サスペンションはフロントストラット、リヤリジットながら、減衰力調整機能付きダンパーの設定もあり、まさにラリーステージで活躍するためのタフな、”砂漠のロールスロイス”(レンジローバーのこと)ならぬ、”砂漠のGT-R”ともいえるクロスカントリーモデルであった。
実際、数多くのラリーに参戦し、総合優勝を重ねた本格派だったのだ。