この記事をまとめると
■昔は30馬力未満の乗用車が数多く存在していた
■馬力が低いのは信頼性や耐久性を重視したことが背景にある
■速度は遅いが「操る楽しさ」に溢れているのが特徴だ
たった30馬力にも満たないクルマでも楽しさ満点!
いまや軽トラでも50馬力をマークするぐらいなので、それ以下のパワーのクルマなんて考えられないと思う人がいるかもしれない。でも昔は50馬力以下の車種はゴロゴロあったし、30馬力未満というクルマもかなり存在した。というか、いまなお語り継がれるような、有名どころにも、アンダー30馬力は多かった。
まずは第2次世界大戦後のフランスとイタリアのベーシックカーの代表格である、シトロエン2CVと2代目フィアット500だ。
ともに空冷の2気筒エンジンを積んでいて、2CVの初期型に積まれていた375ccは9馬力しかなかったとのこと。2トーンカラーが印象的な最終型のチャールストンは602ccに拡大されているが、それでも29馬力だった。
リヤエンジンのフィアット500は、当初から479ccの排気量はあったものの、最高出力は16.5馬力。その後499.5ccに拡大されたけれど、このエンジンを積んだポピュラーな仕様である500Fや500Lは18馬力に過ぎなかった。
2CVのライバルだった同じフランスのルノー4(キャトル)、西ドイツのフォルクスワーゲン・ビートル、イギリスのBMCミニはいずれも、排気量に余裕がある4気筒エンジンを積んでいたが、初期型ではキャトルが747cc/26.5馬力、ビートルは1131cc/25馬力で、唯一ミニだけが848cc/34馬力と、30馬力を上まわっていた。
排気量に対して最高出力の数字が低いのは、当時の技術水準の影響もあるけれど、大衆車ということで信頼性や耐久性を重視したためもある。
ガソリンエンジンは上までまわせばパワーが出るけれど、その分さまざまなパーツが高速で動くので、精度の高さが必要だし、摩耗なども進みがちになる。そういった理由で排気量に余裕を持たせ、ほどほどの回転数で必要な力を出していたのだ。
日本車も当時はパワーが低かった。360ccに排気量が制限されていた軽自動車は顕著で、「出目金」の愛称で親しまれたスバル360の初期型は16馬力。ヨーロッパ勢に比べて、排気量の割に数字が出ているのは、2ストロークエンジンだったことが大きい。
ここで挙げた大衆車はすべて乗ったことがあるし、いくつかの車種は初期のモデルもドライブした。不思議なのは、若い頃はただ遅いとしか感じなかったのに、最近はそうは思わないことだ。
年齢を重ねて自分の性格が穏やかになったこともあるが、遅いクルマを速く走らせる楽しさに目覚めたことも大きい。
道路の勾配やカーブをいち早く読み取り、エンジンのパワーバンドを外さないようにギヤをこまめに変えながら流れに乗るというのは、サーキットでタイムを刻む瞬間に似ている。しかも制限速度内でそれができる。速さ=楽しさとは違う意味で、操る歓びが満喫できるクルマたちだと思っている。