この記事をまとめると
■1980年代の新車ディーラーはいまの常識では考えられないことが普通に横行していた
■夜中にお客の家を訪問してその場で受注を受けるなど「昭和」ならではの光景があった
■昭和の頃ほどではないが新車ディーラーはいまだに男の職場臭が強く残っており、見える風景もそれほど変わっていない
昭和の時代は新車も訪問販売が主流だった
いま、冬期のテレビドラマで1980年代へタイムスリップし、コンプライアンスなど、「生きづらい」と思うことも多いとされる令和の時代と世相を比較考察するものが人気を集めている様子。
そこで、のっかるわけでもないが1980年代と令和の時代の新車販売の違いを比較考察していきたいと思う。
まず、根本的に異なるのが、1980年代は訪問販売が主流であったのに対し、令和のいまはほぼ完全店頭販売となっていること。1980年代でも店頭にふらっとやってきたお客と商談してそのまま受注するといったケースもあったが、そのような店頭成約は販売実績としてカウントしないとか、いまでは大問題となるのだが「店頭で新車を売るのは女性の仕事」などと平気でいわれていた。
さすがに1960~70年代のように、アポイントなしでの飛び込み営業がメインというわけでもなかったのだが、すでに販売して親しくなっている「馴染み客」からの紹介などを頼りに新車を売り歩くというのが基本的なスタイルであった。
そしてもっとも異なるのが、昭和のころは「新車販売は夜の仕事」ともいわれていたこと。平日だろうが週末だろうが、とにかく夜間に新車を買ってくれそうなお客に“アタリ”をつけ、主に自宅をアポイントなしで夜間訪問して、お客の家で夜遅くまで商談を進め、受注をもらうのが基本的な販売スタイルとなっていた。
たとえば、昼間ふらっと店頭にやってきて、希望する新車を見せたあとに、見積書を作って簡単な商談をしたようなお客ならば、「鉄は熱いうちに打て」ではないが、その日の晩にそのお客の家を訪ね、より突っ込んだ商談を行い、クロージング、つまり受注に持ち込むというパターンが一般的であった。
令和の場合は、インターネットなどを活用して希望車種を絞り込み、さらにメーカーウェブサイトにある、「見積りシミュレーション」でおおよその予算を把握することもできるので、かなり煮詰めてからディーラーを訪れる人が多いので、商談1回で受注まで進むことも珍しくないほどスピードは速く、それもあって店頭成約がメインとなるが、1980年代は注文書にサインするまでには複数回商談を重ねるという“儀式”が必要だったのである。
いまでは「働き方改革」もあって残業は厳しく管理され、よほどの事情がない限り残業は禁止されているので、夜間訪問はまず行えない。ただし、1980年代は夜間訪問が当たり前だったので、拘束時間も長いとのことで、「みなし残業手当」を用意して、残業するのは当たり前との前提で給料に加算するディーラーもあった。バブル経済ということもあり、とにかく新車が売れたので休んでいる暇もないということもあったのだが、週に1度休めればいいほうなので、有給休暇などを取ることもできずにセールススタッフから休日を買い取るディーラーもあったそうだ。
いい訳のようになるが、台当たりのセールスマージンもいまよりハンパなく多く、売れば売るだけ収入アップとなっていたので、それを活力に日々激務にはげんでいたといっていいだろう。いまは基本給はそれほど手厚くなっていないのだが、セールスマージンも「渋く」なっている。一定基準をクリアできなければ、「足切り」としてマージン自体が支給されないなど、1980年代よりかはマージン面では恵まれていないといってもいいだろう。確実に「昭和よりは稼げない」仕事になっているようである。