ときにレアな展示も行われるグミュントのポルシェ博物館
興味深いのは、第二次世界大戦中、当時のナチス政権によって開発を命じられた軍用車両のいくつかが展示されていることだ。タイプ82キューベルワーゲン、ポルシェ597ヤークトワーゲン、VWタイプ87コマンデュールスワーゲン(VWビートルの4WD仕様)が、きれいな状態に仕上げられ展示されていた。
VWは、フォルクスワーゲン(国民車)構想で立ち上がったプロジェクトだが、実際に市販されたのは戦後のことで、戦中はそのシャシーをベースに、すべて軍用車として作られていた経緯がある。
このミュージアムには3回ほど足を運んだが、ポルシェAGとの協力関係によって、ときとして珍しい車両を目にすることができる。これまで目にできたのは、1970年代に917とともにポルシェのスポーツカーレースを支えた908スパイダーのルーツとなる910ベルクスパイダーと、グループCカーとして圧倒的な強さを示した962の1号車だった。
ヒルクライム用として開発されたベルクスパイダーは、1967年の910ベルクスパイダーを皮切りに、その発展型として1968年に909ベルクスパイダーに進化し、1970年に908スパイダー3型(正式表記は908/3)として快足ぶりを発揮した車両である。
ポルシェ962は、もともと安全規定が厳しかったアメリカでのIMSAシリーズに対応したモデルで、グループCカーより先に作られたが、ターボチャージャーはシングル仕様というIMSAの規定に合わせ、リヤカウルのエアインテーク形状などがグループCカー仕様とは異なるデザインを持っていた。今回、これら2車を見ることはできなかったが、どちらもシュツットガルトのミュージアムでは目にすることがなかった興味深い車両である。
ポルシェファンでありスポーツカーファンであれば、シュツットガルトのミュージアムは必見だが、1度訪れてみるとポルシェ博士の存在が気になり始め、わざわざオーストリアのグミュントまで足を運ぶ顛末となっていることに気付かされる。
戦後に成功したスポーツカーメーカーとして、このポルシェとフェラーリを挙げるのは常識化しているが、企業の歴史はほぼ同じながら、創設者のタイプがまったく異なる点は非常に興味深い。片や数々の作品を生み出した天才エンジニア、もう一方はレーシングドライバー、チームオーナーを経てスポーツカーメーカーを起業した立志伝中の人物である。
突出した性格の車両、スポーツカーやレーシングカーを製造するメーカーのミュージアムを巡っていると、創設者や企業のポリシー、方向性などがダイレクトに伝わってくるからおもしろい。歴史に裏打ちされたブランドの真価を肌身で知ることができるからだ。