業界のご意見番「清水和夫」が「ダイハツ問題」を斬る! 「かつてのダイハツは安全の追求に燃えていた」【短期連載その1】 (2/2ページ)

気がつけば熱く安全を語るエンジニアが減っていたダイハツ

■2023年に起きた衝突安全の不正問題

 しかし、令和5年4月28日にダイハツはタイで生産する小型車の側面衝突の認証試験の不正があったと発表した。安全技術では定評があったので、なぜ不正を働いたのか疑問だった。いろいろと取材するとコトの真相が見えてくるが、決して悪質な不正ではないことがわかってきた。複雑な認証試験の実態を理解することも必要だろう。

※写真はイメージ

 不正を働いた試験は、タイで生産されるダイハツとトヨタの小型車であるが、このプラットフォームはダイハツが開発し、タイの工場で生産していたモデルだった。ルール的にはタイ政府の認定試験なので、滋賀県にあるラボでタイ政府の検査官が立会のもと認証試験がおこなわれた。

 不正を行ったのはUN-R95という側面衝突の国際基準。時速50Km/hでクルマの真横(乗員が座る場所)に総重量約900Kgのバリア台車がつっこむ。リアルワールドで致死率が高い側面衝突の安全性を評価する重要な試験であり、ダミー人形を座らせ頭部や胸部の傷害値を計測する。ところが、今回は新たに改正されたUN-R95では「ドアの内側に鋭利なモノが乗員への傷害の危険性の有無を確認・記録すること」という項目が加わった。

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 そこで鋭利なモノが飛び出ないようにと、現場の担当者は不正な細工を施してしまったのだ。この問題は内部告発で発覚したがその後の再試験では市販モデルは安全基準を満たしていることが判明した。基準をよく読めば、鋭利なモノは「記録報告」義務だったので細工の必要はなかった。

 さらにダイハツは社内調査を続けると、5月には新たな不正が見つかった。二度目となる不正は日本で市販されてきたダイハツ・ロッキーとトヨタ・ライズのHEV車なので他人事ではない。今度の基準はUN-R135というポール側面衝突試験。電信柱などに側面から衝突する事故では重症・死亡率が高いことが事故調査で明らかになっており、ポールに見立てた直径254ミリの鉄の支柱に、台車に載せた被験車を時速32Km/hで75度(真横を90度とする)方向から衝突させ、そのときのダミー人形の傷害値を測定する。

 認証試験は助手席側(左)は検査官が立会うが、運転席側(右)は社内試験データを提出すればよいというルールだ。ところが、左側のダミー人形のデータを右側として提出してしまった。社内では左側の衝突試験だけを実施し、右側の社内試験を省いていたのだ。

 これは明らかに不正試験である。だが、筆者の推測であるが、同じプラットフォームのエンジン車の右側のデータが取得されていたので、エンジン車とハイブリッド車の車体構造に大きな違いはないと判断し、右側の衝突試験を省いたのではないだろうか。

 そもそもこのテストはなんのために制定されたのか、社内で知る人は少ないだろう。ポール衝突から命を守るために開発されたのが、カーテン式エアバッグ。この保護装置の安全性を確認するためのテストだったのだ。ところが現場ではメールで指示された仕事をすることが使命だと勘違いしていたのではないだろうか。

 リアルワールドの事故で人命を救うという本来の役割をどれだけの社員が、どのくらの情熱を持って、安全技術を開発・評価していたのか。軽カーの枠を拡大した20数年前のダイハツとは別の会社になってしまったようだった。近年のダイハツのエンジニアと会話しても、口にするのは「電動化や燃費」の話ばかり。熱く安全を語るエンジニアはいなくなっていた。


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