レースの世界ではクルマの接地を安定させることは絶対条件
飛行機にとっては、機体を浮かす力として必要不可欠な揚力だが、自動車にとっては逆の働きをすることになる。とくに車体前部で発生した場合、フロントが浮き上がって前輪の路面接地が危うくなり、ステアリングが効かなくなってしまう。市販車の場合は空力を意識した極端なボディ形状はないが、レーシングカーの場合は、歴史的にフロントのデザイン処理をウェッジ形(くさび形)とし、より空気抵抗が小さくなる形状を採用してきた。
しかし、空力対策が重視され始めた1960年代後半、空気抵抗を小さくする形状に発展するにつれ、フロントフロア下部に巻き込む空気流によってノーズリフトの発生が問題となってきた。超高速で走るレーシングカーにとって接地の安定化は絶対的な条件で、これがおぼつかなくなると、速く安定して走ることができなくなる。このフロント(ノーズ)のリフトを抑えるため、フロントスポイラー、ノーズスポイラー、ノーズフィンが考え出され装着されるようになった。その発端となる例がポルシェ906のノーズフィンである。
また、走行に伴うノーズ先端の角度(仰角)の変化でリフト量が大きく変化する場合があり、仰角変化によるリフト量の変化を抑えるため、ノーズをウェッジ形状からダル(鈍い)形状に変化させ、高速ハンドリングの安定化を試みた歴史がある。
ポルシェの空力対策車として知られるポルシェ917/20(ザルツブルグポルシェ、通称ピンクピッグ)で、従来型の形状では仰角1度の変化でダウンフォースに数10kgの違いが生じていたという。
現代の市販車両では、車両に発生するリフト(揚力)の問題は設計段階から織り込み済みで、コンピュータシミュレーションによって最適なボディ形状が採用されている。可能な限り空気抵抗を小さくし(Cd値の良化、前面投影面積の低減化)、かつ車体前後に発生するリフト量の適正バランスを得る傾向で設計されている。自動車に発生するリフトは、小さいほど好ましい傾向にあるが、なおかつ前後バランスがとれていることも大きな条件となる。