存在しないはずのスパイダーが3台だけ製作されていた
だが、この512TRには3台の特別な仕様があった。それはいずれも1993年に製作された「512TRスパイダー」で、オーダーはシンガポールのフェラーリ正規ディーラーであるホンセ・モーターズのアルフレッド・タン。彼はブルネイ王室と強いつながりを持つと同時に、ピニンファリーナとも特別な関係を持ち、1990年にはやはりブルネイ王室のために「テスタロッサ・スパイダー」の製作と納車までのオーガナイズに携わった。
512TRスパイダーもまた同様に、ブルネイ王室からのオーダーを受けて、その製作が行われたのがプロジェクトの始まりである。
3台が製作された512TRスパイダーのうち、フェラーリは2台をタンのもとにデリバリー。残る1台は予定どおりブルネイ王室へと納められたと考えられる。タンは2台の512TRスパイダーのうち1台を、フランスの実業家に売却。ブルー・コバルトの美しいボディカラーで仕上げられた、このシャシーナンバー「97310」はタンの手元に残されることになる。
インテリアはマラネロの熟練したトリマーがブルー・スクーロの見事なカラーに染め上げたコノリーレザーのシートや、ブルー・カーペットが高級感を醸し出し、コンバーチブルルーフはこれもまたネイビーブルーと、オール・ブルーのカラースキームをさらに魅力的に引き立てている。
ちなみにブルー・コバルトのボディカラーを施されてマラネロから出荷された512TRは、その全モデルのなかでもこの512TRスパイダー、97310のみだ。
512TRスパイダーのデリバリーを受けたタンは、じっさいにそれに乗ることはほとんどなく、常にディーラーかドライ・ストレージに保管していた。そのため、走行距離はデリバリーから30年近く経過したいまでも570kmを示すのみ。コンディションはもちろん新車同然のミントである。
この512TRスパイダーがオフィシャルな舞台に姿を現したのは、1997年のフェラーリ創立50周年イベントなどが数少ない例。
このまさに美の極致ともいえるモデルは、今回開催されたRMサザビーズのロンドン・オークションにおいて、222万6875ポンド(邦貨換算約4億1197万円)で落札。その価値を改めて世界に知らしめてみせた。