失われたコンセプトカーを「マルニ」ベースで再生
さて、ガンディーニがつくった2ドアセダンのコンセプトモデルは「ガルミッシュ」と名付けられ、1970年のジュネーブショーでデビューを飾りました。車名はイタリアの高級スキーリゾートからとられ、新世代ノイエクラッセを乗りこなすアッパーなユーザーに刺さりやすいものだったと言えるでしょう。
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随所にベルトーネのアイコンともいえるハニカムモチーフ(六角形)が織り込まれ、キドニーグリルですら六角形にモディファイされています。また、現代にも続く逆スラントのフロントノーズやフラットなガラスで構成されたヘッドライト、あるいはボディサイドの太めのプレスラインなどは、ガルミッシュの端正なキャラクターを表すにはうってつけ。初代5シリーズにもこのプレスラインは継承され、カジュアルなセダンという新たなジャンル構築をおおいにサポートしたこと、承知のとおりです。
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ところが、このガルミッシュはジュネーブに出品後、行方がわからなくなってしまったのです。いまでは考えづらいことですが、単なる手違いなのか盗まれたのか、それすらわからなかったそう。筆者のあてずっぽうですが、ガルミッシュは実走可能モデルだったため、熱心なコレクターが水面下でゲットしちゃったのではないかと。で、うれしくなって走りまわっているうちにクラッシュ。それゆえ、盗品マーケットはもちろん、一般的なオークションにも出品されることがなかったのでは?
そんなガルミッシュのことが忘れられず、ついには完コピしてしまったのがBMWのデザイン担当役員のエイドリアン・ファン・ホイドング。彼こそ新生ノイエクラッセ「ヴィジョン・ノイエクラッセ」を創りあげた人物なのですが、ガンディーニに頼み込んでガルミッシュを再生したことを聞いて大いに納得しました。だって、ヴィジョン・ノイエクラッセのネタ元としてガルミッシュはぴったりですからね。
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一応ヴィラ・デステ、言うまでもなく世界最高峰のクラシックカーコンクールに出品するという大義名分もあったので、ホイドングにとって言い訳としては申し分ないものだったかと(笑)。
ガルミッシュの完コピといっても、残されていた資料は何枚かの白黒写真だけだったそうです。ここはガンディーニの記憶、イタリアはチューリンの職人集団の腕前に頼らざるを得なかったとのことですが、できあがってみれば往時の写真どおりエレガントな出来栄え!
前述のモチーフはいうに及ばず、品格あふれるシャンパンゴールドのボディカラーや、スエードを多用したリビングルームかのようなインテリアなど、ため息の出るような素晴らしさ。
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製作期間はおよそ3カ月と案外短いものですが、その間ガンディーニは「寝る間も惜しんだ」と述懐しています。その甲斐あって、2019年のヴィラ・デステでの発表は大喝采をもって迎えられました。杖をつきながらもガンディーニご本人が登場すると喝采はピークに達し、拍手と歓声がいつまでも鳴りやむことはなかったのでした。
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なお、ガルミッシュの完コピもまた2002のシャシーを使った実走可能モデルとなっています。望むべくは逸失こそはしなくとも、盗まれたりすることのないよう、ミュンヘンの博物館をしっかり警備していただきたいもの。なんといっても完コピのガルミッシュはなにものにも代えがたい珠玉の1台なのですから。