この記事をまとめると
■飛ばしたときやスポーツ走行をしたあと、エンジンルームから金属音がすることがある
■音の正体は「熱膨張比率」によって鉄やアルミなどが冷やされることで発生するものだ
■どうして収縮する際に音が出るのかをメカニズムとともに解説する
昔のクルマは走ったあとによくエンジンから金属音が聞こえた
とある底冷えがする夜の話。いつものようにホームコースの峠を走っていると、ストレートの先の木々の合間にキラキラと星が輝いているのが目に入り、一瞬そちらに意識が奪われた。時間にして1秒もなかったはずだが、張り詰めていた集中力から毒気が抜かれ、攻め気が引っ込んでしまった。
すっかりクールダウンした自分の意識を訝りながら、その先の展望スペースにクルマを停める。エンジンを切ると、一瞬静寂が訪れ、そのすぐ後にわずかな音量の無数の生命感がフェードインしてくる。その隙間を縫って、エンジンルームからは「キンキン」「カカカカ……」と周囲の生命感とは異なる音が響いてくる。まるで外の生命たちに呼応しているかのようで、あり得ないことだが愛車が生きているかのような錯覚におちいった。
さて、柄にも無く「ものがたり調」で始めてしまいましたが、こんな経験をしたという人はけっこういるのではないでしょうか。いえいえ、峠とか星のくだりは置いといて、注目したいのはエンジンを止めたあとのラップ音のような現象のことです。自分の場合は「そういうものだ」とあまり気にしていませんでしたが、センシティブな人は音がする原因が分からずにヤキモキしたりするケースもあるかもしれません。
ここではそのエンジンを止めたあとの音について話をしていきたいと思います。
■音がする原因は金属の熱膨張と収縮
メカに詳しい人やメカが好きな人、あるいは物理が得意な人は想像がついているかもしれませんので、結論を先に言ってしまうと、あれはエンジンのまわりの金属が温度変化による体積の変化したことで発せられている音なんです。
金属に限らず、ほとんどすべての物質は温度が上がると膨張する性質を持っています。その膨張率は素材ごとに異なります。
エンジンに使われている金属は、もっとも一般的な鉄をはじめ、アルミニウム、ステンレス、炭素鋼など、適材適所でさまざまな物が使われています。その金属ごとに、熱をかけた際の膨張率は違うんです。
例えば目安として、温度が1℃上がったときの物体の膨張比率である「熱膨張比率」で見てみましょう。
・鉄(Fe):11.7
・アルミ(Al):23.8
・ステンレス(SUS304):17.3
・ステンレス(SUS430):10.4
・亜鉛(Zn):33
・純チタン(Ti):8.3
どうでしょう、かなりバラバラですね。とくにエンジンまわりによく使われる鉄とアルミで比べると、体積比で2倍以上違います。とは言ってもこの係数の変化量は10のマイナス6乗メートル(10μm)、つまり100分の1mmなので、目に見える量ではありません。しかし、結合された金属同士の接触面ではそれなりの差になります。
これに熱の加わりやすさや保持性の違いが加わると、状況によってはけっこうなズレや歪みとなって現れるんです。もちろん、温度差が大きければそれだけ膨張量が大きくなって、比例してその差も大きくなるので、高温になる部分ほど気温との差が大きく、収縮量も大きくなります。
エンジンまわりで高温になる部分といえば、ターボ車ならタービン、NA車なら排気管(タコ足)の付け根付近となるでしょう。レーシングカーのエンジンベンチ(試験装置)で高回転時に排気管が赤熱している映像を見たことがある人もいるでしょう。F1では排気温度が1000度を超えるそうですが、その温度域になると鉄の排気管では強度が保てませんので、インコネルのような耐熱金属を使っています。
話が逸れましたので戻しましょう。一般の市販車でも高回転でまわし続けると、排気温度は700〜800度くらいまで上がるエンジンもあります。それと、熱を上げて排気を浄化する触媒も温度が上がる箇所で、効率が高いものだと1000度になるそうです。排気管のエンジン付近と触媒付近はクルマのなかでもっとも温度が上がる箇所で、エンジンを止めたときはその温度から一気に冷やされることになるので、収縮する体積もいちばん多いことになります。