ライバルのプレジデントが「米」を意識したがセンチュリーは「和」を貫いた! 新型センチュリーは逆にそれが海外でウケそうな予感!! (2/2ページ)

オリジナリティにこだわった「和テイスト」は新型でも健在

 センチュリーがある意味「和のテイスト」、つまり日本のショーファードリブンカーを目指したのに対し、日産が1965年に発売した初代プレジデントは、センチュリーのライバルともいえるのだが、当時のアメリカ車のトレンドでもある直線基調のエクステリアを採用しており、センチュリーとは対照的なモデルとなっていた。

 初代センチュリー、初代プレジデントともに開発への熱量が大きかったのか、息の長いモデルとなっていた。初代センチュリーは1997年まで規模の大きいマイナーチェンジを行いながら継続して販売された。初代プレジデントは解釈の問題もあるのだが、日産では初代は1973年までで、1973年から1990年までが2代目となっている。この2代目のパワートレインが初代のキャリーオーバーであったことなどから、初代の大規模マイナーチェンジモデルとしてカウントする見方もあり、そうなるとプレジデントも息の長いモデルといえる。

 プレジデントは1990年に当時の「インフィニティQ45」をベースとした3代目がデビュー。その後、4代目もラインアップされたが2010年に絶版となっている。

 初代センチュリーは、日本の伝統美を反映させた和テイストの強いモデルだったので、当時のアメリカなど海外のトレンドを追いかけず、オリジナリティにこだわったという点で、いまもなお初代コンセプトを守り続けてきている。

 しかし、今回発表されたセンチュリーSUVは、海外へも積極的に輸出されるのではないかとの情報もある。筆者個人の主観でいえば、日本より海外市場のほうがウケは良いように見える。

 その意味では、センチュリーと言うモデルも和と言うものには引き続きこだわるものの、日本人の美意識にこだわらない、世界的に愛される「和テイスト」というものを捉えるという、新たな変革期を迎えたといってもいいのかもしれない。


小林敦志 ATSUSHI KOBAYASHI

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