こだわりが仇となり販売台数が伸び悩む
最大の特徴である空冷1300ccエンジン
「ホンダ1300」に搭載される「H1300E」エンジンは、市販車でも当時当たり前になっていた水冷方式に反旗を翻すかのように空冷方式を選択し、潤滑方式はいまでも市販車に採用例が数少ないドライサンプ式を採用するなど、ほとんど同じ時期に開発を進めていた「RA302」と関連がないというほうが難しい素性となっています。
なぜ空冷にこだわったのかという点ですが、まず第一に軽量なこと。軽量=運動性能に貢献という信念が本田宗一郎さんのなかに確固としてあったようです。その長所を活かすため、鉄製が主流だったシリンダーブロックをコスト度外視でアルミ製としました。しかし、当初のもくろみとは裏腹に、F1での失敗を活かして冷却方式に工夫を凝らしたりと対策を盛り込むうちに重量がかさんでしまったというのは皮肉な話です。
ただ、出力に関してはさすがホンダと言うべきものでした。当時の1000ccクラスの出力が60馬力程度だったのに比べて、1300ccで100馬力を発生(1キャブ仕様、4キャブ仕様は115馬力)。一世代前の2000ccクラスのパワーを持っていたのです。この点に関しては、オートバイの分野でトップと言われた技術の蓄積がものを言ったのだと思います。
「一体式二重空冷」と呼ばれた独自の冷却方式や、それに付随するヒーター機構なども他に類を見ない構造がカタログの紙面を飾っていましたが、エンジンの搭載位置を下げて運動性能を向上させる目的で採用されたドライサンプ方式(別体式のオイルタンクを持つ潤滑方式)は、いままでの量産車の歴史を通して見ても驚くべき装備だと思います。
こだわり過ぎたセダンを市場はどう受け取ったのか?
さて、いままでのホンダの歴史のなかでも異彩を放つ存在である「ホンダ1300」ですが、4輪市場の反応はどうだったのでしょうか? 3年ちょっとの製造年での販売台数は、クーペなど派生車種を含めて約10万6000台だそうで、価格的にも少し下のクラスになりますが、カローラの77万台と比べると控えめすぎる結果と言えるでしょう。
一方で、運動性能的な見方をしてみると、本田宗一郎さんのこだわりが詰まった車両とは言え、結果的に重量がかさみフロントヘビーになってしまった車体のウエイトバランスによるアンダーステアが強い特性となり、そこにハイパワーなことも加わって、速いけど曲がらないクルマという評判があったようです。
このカテゴリーの主なターゲットであるファミリー層にとっては、クルマ屋のオヤジのこだわりなんてそれほどは響かず、逆にネガな部分が浮き彫りになったことで、販売台数が伸び悩むという結果になってしまったのかもしれません。
苦しくも同時期に開発されていたというF1マシン「RA302」と同じような不遇の道を辿ってしまった「ホンダ1300」ですが、長いホンダの歴史を見てもこれほどの熱を込めて作られた車種はそう多くは無いと思います。まるで亡くなった後に評価を得た画家のゴッホの生涯を見るようで、この紹介文を書く際にはすこし手に力が入ってしまいました。
残存台数はかなり少ないようですが、本田宗一郎の生き様に共感できる人には、外すことのできない車種と言えるのではないでしょうか。