最近のクルマでは中谷シフトが”できない”!?
こうした車両に対するアプローチだけでなく、ドライビングテクニックでも無駄を省きタイムを縮める模索を繰り返した。着目したのはシフトアップという行為だ。通常、シフトアップ時にはクラッチを切りつつアクセルを戻し、シフトレバーを操作して変速を行い、クラッチをつないでアクセルを踏み込む。このアクセルを戻すという行為が非常に無駄に思えた。富士ストレートの最終コーナーを4速で立ち上がり(1985年当時)、車速が150km/hを超えたあたりで5速へシフトアップする。極めて高速域でアクセルを戻せばその間に大きな空気抵抗を受け車速が落ちてしまう。そのためできるだけアクセルオフの時間を短くする必要性を感じ、素早いクイックシフトを求めた。
さらに、アクセルをオフにすることはエンジンへの吸気エアがスロットルバルブに遮られ流速が落ちる。インテークマニホールド内に乱流が発生し、次に全開にしたときに理想的な気流を取り戻すのに時間がかかる。最適な吸気の流れによるスワール効果が得られないとエンジンパワーを最大に引き出せない。平均車速の高い富士スピードウェイを1周する間に8〜9回もシフトアップでアクセルを戻すのは許せなかった。そこでアクセルを戻さず全開のままクラッチを蹴飛ばすように踏んで瞬時に変速をする技が生まれたのだ。
ワンメイクレース車両ではノーマルのトランスミッションが使用されているので、こうした行為はシンクロギヤに大きな負荷がかかる。しかし、レースに勝てるなら10万キロもたなくていい。レースをフィニッシュするまでもってくれればいいのだ。それで勝てれば次のレースまでにミッションはオーバーホールし、フレッシュなシンクロを組み込んで走ればいい。
しかし、実際のところワンシーズン通してこの中谷シフトで闘ってもトランスミッション内に不具合は確認されなかった。それが事実で、動画が公開されたときはミッションを壊すなどと多くの論議を呼んだが、研ぎ澄まされた感覚と素早く正確無比な操作ができれば、実践的なテクニックとして役立つのだった。
後にレース用ドグクラッチを装備したマシンのシーケンシャルミッション車ではアクセル全開シフトが当たり前となり、どんなドライバーでもトランスミッションに与えるダメージを最小限にするために電気カットで瞬間的にエンジントルクを制限する装置が開発された。丁度1997年当時のニューツーリングカーの時代で、シュニッツアーBMW318iに装備され、僕は国産ワークス勢を相手に1勝を上げることができた。
現代はその延長でパドルシフトによりドライバーはアクセル全開のままシフトアップするのが当たり前となっている。
一方で、ノーマル車両のマニュアルミッション車では、さまざまな電子制御プログラムが行なわれていて、中谷シフトを行なうと急激な燃焼変化による微小なノッキングをセンサーが感知できるようになり、リタード制御(点火時期制御)によって却ってパワーロスしてしまう。トランスミッションはトリプルコーンシンクロやショット加工などで強化されているにもかかわらず、エンジン制御の面からノーマル車では中谷シフトは推奨できないテクニックになった。最新スポーツモデルのマニュアルミッション車に僕が魅力を感じない理由のひとつだ。
中谷シフトはサーキットでコンマ1秒でも早く走りたい。レースで勝ちたい。そんな貪欲なレーシングドライバーの飽く無き探究心が生み出した特殊テクニックだったのだ。