ビッグモーターを「利用」していたメーカー系ディーラーマンも
筆者がもう一点気になるのは、今回の保険金不正請求において、損保会社側には問題はなかったのだろうかということ。聞く限りでは、保険金請求にあたっては、請求側の良心や高い倫理観を信じている部分が目立つように見える。そして、申請全数を厳格にチェックするわけにもいかないのだろうが、受理する際のチェックが結果的に甘いような印象を受けることも、今回の問題を大きくしたようにも見える。
筆者が思っているよりも受理時のチェックが緩い印象があり、そもそも今回露見したような保険金の水増しによる不正請求は、ビッグモーターだけと言い切れるのかという疑問も沸いてくる。全数は無理でも過去3年ぐらいに遡り、ピンポイントでビッグモーター以外の保険金請求についても再チェックする必要があるのではないかと考える。ちなみに車両保険金の水増し請求は、令和のいま、ビッグモーターが編み出した新しいノウハウというものでもなく、昭和のころより広く業界では存在している不正請求の手口のひとつと筆者は認識している。
30数年前、日本中がバブル経済に酔いしれていたころは、メーカー系正規ディーラーでさえ事故により損傷した車両が修理入庫された段階で、車両保険に追加加入し、しかも事故発生時にはすでに加入していたことにして保険で修理するといったこともあったと聞く。また、「保険で直すから、修理対象箇所以外でも直したいところがあったら言ってね」といったやりとりも珍しくなかったようである。
販売関係でも、メーカー系正規ディーラーの店舗へ反社会的組織もしくはそれに近い関係者が下取り車の買い取りや新車販売の仲介で店舗に出入りしていたそうだ。海外での自動車のナンバープレートは当該車両が公道を走るための許可番号(ライセンスナンバー)だが、日本では車両登録(軽自動車は届け出)番号を表記したプレートとなり、所有権や使用権などの権利関係が発生する。このような権利関係が発生すれば、それだけアンダーグラウンドビジネスも活発になるのである。
また、今回の報道では、ビッグモーター社内でノルマ未達の社員へ本社幹部から厳しい叱責などがあったとされているが、「私が新人のころ(バブル経済のころ)には営業会議の名目で本社会議室に同期が一同に集められ、会議が始まると教育担当の管理職が竹刀を振りまわしてゲキを飛ばしていましたよ。だから今回の報道を聞いても“昭和のころみたいな懐かしいことまだやっているんだな”とまず思いました」とは、元メーカー系正規ディーラーセールススタッフ。
筆者の私見を述べさせてもらえば、自動車販売業界全体の現状はブラックだった時代からようやくグレーの時代になったといえよう。世代交代が進み、過去にやんちゃを繰り返してきた関係者の多くが引退などで業界から去っているが、まだ完全に業界を去っているわけでもないので、過去の不正手段や厳しいノルマを課すなどによる社員を追い込むマネージング方法がいまだに一部で伝授されていることは十分考えられる。
ビッグモーターの問題は、単に保険金不正請求だけに終わらないとの話もあるが、何回も言いたいのは、ここまでひどくなく、程度の大小はあるが、自動車販売業界では似たような問題が潜在している可能性は否定できない。過去には長野県で客から新車購入代金の振り込みを受けておきながら、新車を納車せず経営者が逃亡する事件も発生している。また、いまでもメーカー系正規ディーラーでさえ、あくまで稀であるが、セールススタッフが新車代金を持ち逃げするといったことも発生している。
ちなみに、今回のビッグモーターの影響はメーカー系正規ディーラーへも波及しているようだ。ビッグモーターへの監督官庁の監査や、捜査当局の介入などに備えて動き出しているという。
新車メーカー系正規ディーラーでは、新車購入商談時に下取り予定車の査定額が伸び悩むと、一部のセールススタッフが「個人的に売却することで金額がアップする」として、セールススタッフが会社を通さずにビッグモーターへ当該車両を売却するということがあるそうだ。そして、セールススタッフが個人的に売却したことにより発生した、下取り査定額との差額(増えた分)の一部を中抜きするセールススタッフも目立つとのこと。このような取り引きはセールススタッフ個人名ではなく、ディーラー名で処理されるそうなので、ビッグモーターへ監査が入り、このようなことが発覚すると、監督官庁や捜査当局からの問い合わせがくる可能性もあるので、「あらかじめ心当たりのあるスタッフは申し出るように」と通達を出しているディーラーもあるそうだ。
また、メーカー保証期間内の高年式車をビッグモーターで中古車販売した際には、ビッグモーターの整備工場を経由して保証修理入庫となるケースがあったり、メーカー個々のオリジナル色の強いメカに関する不具合修理でもビッグモーターの整備工場から持ち込まれることもあるとのことで、そのような過去の取り引き関係の洗い出しなども行われていると聞いている。
令和となったいまでは、基本的に新車購入などでトラブルに巻き込まれることは昭和や平成に比べれば減っているといえる。ただ、ブラックからグレーになったのは、数々の問題が発生し、それを解決してきた結果ということもいえる。他人より得するといった甘い誘いに興味を持ったら、そこは自己責任でリスク判断をすることはぜひ忘れないで欲しい。