ハズレなはずのセダンが人生を変えた
それでも、なにかの特集で数台のハイパフォーマンスモデルを一気に乗り比べるという仕事があり、筆者はBMW M5(初代のE28)をロケ現場まで運んで、撮影後に返却する役目を仰せつかったのです。が、ほかのラインアップはポルシェ944ターボやフェラーリ328GTS、アストンマーティンV8など、小僧がよだれを垂らすようなモデルばかり。
「オレだけセダンかよ」とやっかみ半分だったことはご想像のとおり。で、当時は六本木通り沿いにあったBMWジャパンから乗り出したのですが、やっぱり「アクセル重い、音静か」ですからなんら高ぶることなく、むしろガッカリしながら高速道路に入ったのです。
東名に入ったころでしょうか、フルスロットルのチャンスができて重たいペダルを床まで踏んだとき、ようやく「お!」という感覚。言い古されていますが、とにかくシルキースムースで、5000回転くらいでほんの少しだけザラつくというか、コリコリとまわる感覚が「おぉ!」となり、小僧ながら「カムに乗る」のが体感できた次第。
こうなると楽しくて仕方がありません。乗り心地はさほど覚えていませんが、途中で同じロケに向かうアストンマーティンを見つけると、ピタリと背後につき「バックンバックン」煽り続けることができたので、かなり引き締まっていたのだと思います。
幸い、ロケの際はシフトミスでブレーキングドリフト的にハーフスピンした程度で済み、無事に返却できました。それからは、搭載されていたM88/3エンジンに興味がわき、編集部にあったBMW関連、エンジン関連、そしてチューニングにかかわる本を片っ端から読み漁ったものです。鋳鉄ブロックがどうして超絶な耐久性を持てるのか、黎明期におけるニカシルコーティングの失敗ケース、あるいはボッシュのモトロニックが持つテクニカルアドバンテージといったことから、M社のトップエンジニアであるパウル・ロシュのことを知ったのもこのときのこと。
そこから発展して、ハイニ・マドールやコスワースといったチューナーやその手法、果てはソジウム注入カムやインペラーの物性理論までかじるなど、とにかく「人が変わったように真面目なバイト小僧」になっていた気がします。すると、編集部のベテランからも可愛がられるようになり、また超大物評論家の方々から薫陶を受けるチャンスにも恵まれ、どうにかバイト小僧は正社員になることが叶ったのでした。
あのとき、M5に乗っていなければ、早々に三栄書房はクビになり、どこかで三流ホストにでもなっていた筆者ですから、あのドライブこそ格別の経験だったと振り返らずにはいられません。え? ブローカー業務のあがりでM5を買ったかって? 不思議なことに、いまのいままでM5どころか、BMWを自腹で買ったことは一度もないのです。憧れの的すぎて、恐れ多いとか、そういう理由ではなく単純にポルシェが好きになっちゃっただけですわ(笑)。