この記事をまとめると
■シボレーはインパラをベースにピックアップに仕立てたエルカミーノを1959年に発売
■世代によってはマッスルカーさながらのスタイリングとパワーユニットが与えられた
■世代ごとにベースモデルを変えながら第5世代モデルが1987年まで販売されていた
ライバルであるフォードの人気モデルに対抗するために誕生
柳の下のドジョウや、二番煎じはたいていの場合が上首尾に終わらないものですが、フォード・ランチェロの人気にあやかろうと、シボレーが後を追ったエルカミーノは成功を収めたといっていいでしょう。両者ともセダンピックアップという聞きなれないジャンルですが、いかにもアメリカ人が好みそうなクルマたちで、マッスルカーだった時代すらあります。エルカミーノ、日本では略して「エルカミ」と呼ばれたりするトラックなんだか、セダンなんだかよくわからないクルマをご紹介しましょう。
スペイン語でロイヤルロード(高貴な道)をあらわすエルカミーノの名は、最初はキャデラックのコンセプトカー(1954)で使用されました。その後、1959年に今度はシボレーブランドがピックアップトラックにセダンのフロントマスクをつけたような「セダンピックアップ」をエルカミーノとして発売。以来、1987年まで5代にわたって生産が続き、前述のフォード・ランチェロ同様に、アメリカ特有のピックアップのマーケットを築き上げました。
そもそもこのセダンピックアップはアメリカの農村で使われていると思われがちですが、じつはそこまでガチではなく、都市の郊外に住む人々が芝刈り機を乗せたり、ちょっとした買い物といった需要にこたえるもの。家の前に駐車することの多い郊外の中産階級にとって、ピックアップの実用性とセダン顔のスタイルはドンズバなコンセプトだったのです。
これを最初に製品化したのが、前述のとおりフォード・ランチェロで、1957年に初代が発売されるやバカ売れ。同じように売れまくっていた同社のサンダーバードにもよく似たフロントマスクでしたから、それも人気に拍車をかけたに違いありません。これを横目で見ていたGMが黙っているわけもなく、1959年にはランチェロと同じ手法、すなわち既存のセダンシャシーを使ったピックアップを初代エルカミーノとして発売。おなじみ、フォード対シェビーのガチンコが始まったというわけです。
しかし、初代エルカミはわずかに1年の生産で終わってしまいます(1959年式と1960年式アリ)。理由はフォードに惨敗したからで、ベースとなったインパラこそサンダーバードに対して善戦していたものの、新顔のセダンピックアップは失敗に終わったと判断されたようです。
が、4年後の1964年にシェビーは懲りずに2代目エルカミを発売。今度はシェベルの中身を使ったモデルとなり、初代のフルサイズからミドルクラスへとサイズが変更されました。それゆえなのか、シェベルのパワフルなエンジンは搭載されないままスタートしたものの、すぐさま5.4/6.5リッターエンジンが追加され、マッスルカーの片鱗がこのあたりから芽生え始めのです。
そんなマッスルカー的なキャラだったためか、映画「ワイルドスピード ファイヤーブースト」でも活躍のチャンスを得ていました。荷台に大砲という魔改造ですが、不自然に見えないところが妙にウケます。