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大きすぎる「ハンデ」を背負ったトヨタは惜敗! フェラーリ・プジョー・キャデラック・ポルシェら豪華参戦車が争ったル・マン24時間レース100周年大会の中身 (2/2ページ)

大きすぎる「ハンデ」を背負ったトヨタは惜敗! フェラーリ・プジョー・キャデラック・ポルシェら豪華参戦車が争ったル・マン24時間レース100周年大会の中身

この記事をまとめると

■2023年のル・マン24時間耐久レースは100年目の大会であった

■58年ぶりにル・マンに戻ってきたフェラーリが総合優勝、トヨタは2位となった

■「耐久王」の異名を持つ注目株であるポルシェは総合16位が最高位となり不発だった

スタート前から大波乱だった記念すべき100年目の大会

 第1回大会が1923年。今年でちょうど100年目を迎えたスポーツカーによる耐久レースの最高峰、ル・マン24時間が6月11〜12日に開催された。実際、今年が100年目の記念大会にあたることから、主催者のACO(フランス西部自動車クラブ)は、かなり以前から大会を盛り上げるために積極的な動きを展開していた。それだけに、エントラントも豊富な顔ぶれとなり、まさに一世紀の節目という内容でレースは行われることになった。

 そして、結果はご存じのように、最終盤までトヨタGR010と接戦を繰り広げたフェラーリ499Pの51号車(アレッサンドロ・ピエール・グイディ/ジェームス・カラド/アントニオ・ジョビナッツィ組)が、342周(24:00’18.099)を走って優勝。フェラーリに1965年以来58年ぶりのル・マン優勝をもたらすとともに、100周年という記念すべき大会の覇者として表彰台の中央に立つことになった。

 499Pは、3リッターV6ターボにモーターユニットを加えたHV構成のハイパーカー(LMH=ル・マン・ハイパーカー)で、デビュー戦となった今年3月のWEC開幕戦セブリング1000マイルでは、いきなりポールポジションを獲得する俊足ぶりを見せていた。

 戦後のスポーツカーメーカーとして知られるフェラーリは、8年間の休止後に戦後初開催となった1949年のル・マンで166MMが初優勝。ドライバーのひとりはルイジ・キネッティだった。そして1954年、1958年と勝ち、1960年〜1965年の6連覇につなげていくことになる。そして、今年の勝利でル・マン通算10勝を達成。ポルシェ、アウディに次ぐル・マン史上第3位の勝ち数となっている。

 一方、昨年までル・マン5連覇を続け、今年ル・マン史上2位の連勝記録(記録保持者はフェラーリ、1960〜1965年)に並ぶ6連覇を目指したトヨタは、8号車(セバスチャン・ブエミ/ブランドン・ハートレー/平川亮組)が最後までフェラーリと優勝を争ったが、わずかに1分21秒およばず2位に惜敗した。

 客観的に見て、現行のハイパーカーなかで最強の車両はトヨタGR010で間違いないと言ってよい。ただ、HVシステムで他社をリードするトヨタの技術が、そのまま車両性能に反映されるとほかのエントラントが勝負にならないと判断されてか、これまで幾度か不本意な性能調整(BoP=バランス・オブ・パフォーマンス)を課せられてきた。今回も、直前になってウェイトハンデを背負わされる事態となり、公平な視点で見れば、トヨタはこの状態でよく戦っている、という思いをさらに強くした。

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