知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた (2/3ページ)

車種と開発目標に応じたテストコースと評価内容

 新型車開発では、まずエンジン、ミッション、サスペンション、ブレーキなどパート(構成部品)ごとの開発が行われ、それらの試作品を1台に集約した試作車がつくられると前述した。

 一般的に、部署ごとの実験部門とは別に、この試作車を走らせて評価するチームがある。テストドライバーというと、こちらをイメージする人が多いかもしれない。

 部署ごとの実験・開発と同様、コンセプトどおりのクルマになっているか? 目標としている性能に達しているか? 車両全体を見て検証し、不具合のある箇所があれば、また個々の設計部門に差し戻して改善を加えるといった作業が繰り返し行われる。

 限界領域のテストは全車種で実施され、大小さまざまなコーナーが混在する“ハンドリング路”と呼ばれるテストコースが主体になる。基本的に、ハイスピード走行時のステアリングやブレーキ操作による危険回避など、事故を未然に防ぐアクティブセーフティを見るのが目的だ。

 とくに運動走行性能を重視するスポーツモデルの場合、絶対的な速さ以外に、さらに高い次元でのハンドリング性能や、限界領域での操縦安定性などを見る目的で、よりアベレージスピードが速く、強いブレーキング/コーナリングGが加わる、車両負荷の大きいテストコース(サーキット)も開発の場となっている。

 たとえば、トヨタは下山プルービンググラウンド、日産は陸別試験場、ホンダは鷹栖プルービンググラウンドという、非常に条件の厳しいテストコースを持っている。

究極性能を追求するテストドライバーの頂点

 さらに、日産GT-Rやホンダ・シビックタイプR、少し前ではレクサスLFAといった、世界最高水準のパフォーマンスを目指すモデルでは、国内のテストコースにとどまらず、“世界でもっとも過酷なテストコース”として知られるドイツ・ニュルブルクリンクまで足を運ぶこともある。

 ここで試作車の限界性能を引き出し、評価を任されるのは、選ばれし精鋭ドライバーのみ。ドライビングセンスはもちろん、高度な開発スキルを身につけるため長い期間をかけ、多くの経験を積むことが必要だという。

 もっとも、GT-RにしてもシビックタイプRにしても、レーシングカーではなく、市販車だ。単純に速さだけ求めればいいというものではない。

 すべてのメーカー、すべての車種の走行テストに共通して言えることで、テストドライバーが担う最大のミッションは、まず、一般道を安全に安心して走れること。そして、操縦安定性と乗り心地とのバランスを取ること。それらをキチンと消化した上での「速さ」なのだ。もっと言えば、個々のメーカー、車種に適した独自の乗り味や、走る楽しさ、運転の気持ちよさを具現化することも求められる。

 机上で、完成形の6割以上ができあがるという近年の新型車開発にあっても、最終的な仕様決定や、熟成を図っていく作業は、テストドライバーに委ねられている。

 前出の元車両開発責任者も、「過去に某輸入車で経験しましたが、ここで手を抜けばすぐにバレます。優秀なテストドライバーがいるメーカーでなければ、いいクルマは生まれません」と断言する。

商品か? それとも製品か? 立ちはだかるコストの壁

 では、優秀なテストドライバーと恵まれた開発環境(テストコースなど)で、必ずいいクルマができるかといえば、そうとは限らない。

 すべてとは言わないまでも、日本の自動車メーカーのテストドライバーの開発能力がトップレベルにあることは間違いない。にもかかわらず、同クラスのクルマ同士で比較した場合、欧州車に対して遜色を指摘されることも少なくない。なぜか?

 それはコストだ。優れたスキルを持っているテストドライバーであれば、どこをどう改善すれば、よりよくなるか百も承知だ。たとえばサスペンションを構成する一部のパーツのアップグレードがそれだが、新型車開発ではあらかじめ設定された予算があり、仮に数千円余計にかかるパーツを使えば、運動性能が向上することがわかっていても、容易に採用できない。

「いいクルマをつくりたい」思いと、会社が求める利益の板ばさみで、開発にかかわる責任者はつねにジレンマを覚え、プレッシャーを抱えるという。

 日本の道路環境も少なからず影響していて、欧州に比べてアベレージスピードが圧倒的に低いため、こだわったクルマづくりは、ともすると過剰品質になりかねない。もっといえば、日本では高い次元でのクルマの良否を判断できるユーザーが少ないこととも無関係ではないはずだ。

 同一の日本車で欧州仕様と国内仕様が設定されている場合、乗り比べると、コストをかけた欧州仕様車のほうが明らかに高い操縦安定性などを示すことが多いのはそのため。

 やろうと思えば、できるのだ。国産メーカーのテストドライバーの能力の高さを再認識するとともに、その能力を存分に活かせていない現状がなんとも歯がゆい。


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