コルベットZ06のエンジンを載せた「ボルベット」
1995年、アメリカのTVショー司会で有名なデヴィッド・レターマンのもとにポール・ニューマンから電話がありました。「またボルボのワゴンを買ってきて、今度はフォードのV8積もうと思うんだけど、君も1台どうかね」とのお誘い。レターマンは「冗談じゃない、あのエンジンはちっちゃなピアノほどもあるんだ。エンジンルームを広げないとダメだろう」と一蹴したものの、結局は一緒になって960ステーションワゴンを購入したとのこと。
※写真はノーマルのボルボ960ステーションワゴン
スワップされたのは当時のマスタングが使っていた5リッターのV8ユニットで、コンバース・エンジニアリングというマニアックなファクトリーがキットとして販売しているものでした。コンバースによれば、フォードのV8を選んだのはディストリビューターの位置がボルボのフロントフードに収まるからだとしています。そして、コンバースからはスーパーチャージャーも89ドルのオプションパーツとして売られており、ニューマンは迷わず装着したとのこと。
当然、オリジナルの740よりもパフォーマンスは上まわり、0-60mphは7.4秒で、最高速は145mph(およそ233km/h)となり、これはストックの740ターボや850ターボを余裕でぶち抜くもの。コンバース氏はニューマンが100km/hオーバーでカウンターステアをあてながらコーナリングする助手席に座っていたとのことで、「じつに楽しそうでした」と回想しています。
さて、冒頭のオークションに出品されたボルボは前述の2台ではありません。じつはニューマンは3台目のボルボをプレゼントされており、この最後となったV90がちょうど出品中なのです。
ご存じのとおり、ポール・ニューマンは2008年に83歳で没しています。この晩年にニューマンのチームが「最後のボルボワゴン」としてチューニングカーをプレゼントしました。V90をベースとしたのはそれまでのニューマン流を踏襲していますが、スワップしたのはコルベットのLS-2 V8、すなわちC6に積まれた6リッターのエンジンで、後のZ06でも採用された、言わばコルベットにとって伝家の宝刀かのようなユニット。
これをもってして、V90はついにV06「ボルベット(Volvette)」なるニックネームが付けられたのですが、アメリカ人らしい悪ノリというか洒落っ気もいいところ。ちなみに、それまでのボルボはマニュアルミッションでしたが、さすがにニューマンの年齢もあったので6速ATとなり、また重量級エンジンのために、フロントサスペンションはポルシェから流用したとのこと。
泣かせてくれるのは、チームがダッシュボードに貼ったプレートで、そこには「This should get you to the grid on time from the team」とあり「これで時間通りにグリッドに着けますよ」と遅刻魔だったニューマンへメッセージを贈ったこと。
残念ながら、ご本人は病魔との闘いで存分にボルベットを楽しめなかったようですが、クルマ好きにとってはロレックスなんかよりずっと価値あるストーリーを遺してくれたのではないでしょうか。