この記事をまとめると
■ホンダ車のボディカラーでお馴染みのチャンピオンシップホワイトは第一期F1のRA271をルーツとする
■RA271は1964年にアイボリーホワイト+日の丸というカラーリングでデビュー
■このカラーリングは1992年にNSX-Rに引き継がれると、その後はタイプRを象徴するカラーとなった
ホンダ第一期F1は日の丸モチーフのナショナルカラーでデビュー
5月25日にホンダは2026年シーズンからF1に正式復帰することを発表した。また、2023年シーズンも「HRC」のステッカーを貼ったレッドブルRB19が快進撃。モナコGP終了時点まで負け知らず(RB19のパワーユニット名は「ホンダRBPT」)。
そんなホンダF1の原点は1964年。日本初のF1マシンとして世界GPへ挑んでいったRA271にある。このRA271はホンダF1の原点だけではなく、ホンダスポーツのイメージカラー、「チャンピオンシップホワイト」のルーツでもある。
ホンダの第一期F1時代、1960年代のF1マシンは今日のように派手なスポンサーカラーではなく、シンプルなナショナルカラーでペイントされていた。
ホンダの総帥、本田宗一郎はF1参戦にあたり、日本(自車)のナショナルカラーとしてゴールドを希望したが、ゴールドは南アフリカ共和国がナショナルカラーとしてFIAに登録済みでかなわなかった。次案としてアイボリーホワイトを提案したが、ドイツのジャーマン・シルバーと紛らわしいと……。そこで、ホンダはアイボリーホワイト+深紅の日の丸を、日本のナショナルカラーで登録。そのカラーリングを身にまとい、フロントノーズに赤いHondaエンブレムを装着して、1964年のドイツGP(ニュルブルクリンク オールドコース)でデビューを果たす。
この日本初のF1マシンRA271の白いボディカラーと赤いエンブレムを受け継いだのが、1992年に登場したNSX-R。このNSX-Rを筆頭に、DC2(インテグラタイプR)、EK9(シビックタイプR)も、「チャンピオンシップホワイト」と赤いエンブレムの組み合わせに人気が集り、タイプRのイメージカラーとして定着している。
なお、ホンダは当初ロータスと組み、シャシーはロータス、エンジンはホンダというパッケージでF1に参戦するつもりだったが、ロータス側の都合で1964年の1月に急遽契約解消! そこから突貫工事で、イチからF1のシャシーを独力で開発したのがRA271だった。
時間もノウハウもデータもないなかで設計されたRA271は、じつに画期的なマシンで、飛行機のようにジュラルミンのモノコックボディを採用。ライバル他社は鋼管スペースフレームが主流の時代。設計者の佐野彰一は東京大学航空学科の卒業だが、ホンダに入社してまだ4年の若手だった。