安全性を重視した結果ほぼ絶滅危惧種に
さて、こうして愛されてきたフード・マスコットですが、1970年代に入ると、スイスをはじめとする数カ国で、安全面での理由からフード・マスコットを禁止する動きが出てきたのです。そこでロールス・ロイスでは、フード・マスコットの台座をバネ仕掛けに改良し、ワンタッチでラジエター内に格納できる機構を開発。それ以来、この機構がベースとなって車両開発の際にアップデートが進められ、今ではフード・マスコットに何かが触れると、一瞬にしてボンネットの中に隠れるように設計されています。
またその後は、こうした格納機構がないフード・マスコットの盗難や悪戯も問題になりました。持ち去られて売買されていたり、捻じ曲げられる、落書きされるなどの悪意ある悪戯も横行。ネットオークションが一般化したことも一因といわれ、フード・マスコットを採用するモデルは減少傾向にありました。
そこに決定的な追い討ちをかけたのが、2001年6月に導入された、「乗用車の外部突起(協定規則第26号)」の国際基準です。これはクルマの国際基準調和の一環として道路運送車両の保安基準等が改定されたことに伴うもので、「自動車の外部表面には、外に向けられ、歩行者若しくは自転車又は二輪自動車等の乗車人員に接触するおそれのあるいかなる部品もあってはならない」と規定されたのです。
たしかに衝突や接触事故が発生した際に、金属製のフード・マスコットがボンネットの先端にある状態では、それが凶器となってしまう可能性が高まります。猶予期間を経て2009年1月1日以降、定員10人未満の乗用車に対して適用されたため、その頃からフード・マスコットが激減したという背景があります。
ただし、この規定には「装飾部品であってその支持部から10mmを超えて突出しているものは、その先端部分に対し、装飾部分を取り付けた表面に平行な平面内のあらゆる方向から10daNの力を加えた場合に、格納する、脱落する又はたわむものでなければならない」という一文があり、メルセデス・ベンツの場合はフード・マスコットに力が加わると倒れるという機構を採用。現在でもSクラスやマイバッハといった一部のモデルでフード・マスコットを拝むことができます。
そのブランドの歴史や想いが色濃く注がれているフード・マスコットは、できれば後世まで残ってほしい物の1つではないでしょうか。