「バランスどり」が施されたエンジンは回り方の「質」が高い では、どうバランスをとるのかということだが、ピストン、コンロッドの場合は重量合わせを行うことになる。それぞれの単体重量を軽くするという意味もあるが、主眼は各気筒間のピストン/コンロッド重量を揃えることにある。そして、注意したいのは、バランスどりとひと口に言っても、いくつかの方法があることだ。
もっとも基本的な方法は、生産されたピストンとコンロッドの中から、両者を組み合わせた重量を気筒間(4気筒なら4組、6気筒なら6組)で揃える(もっともバラつきの少ない組み合わせ)手法だ。ただし、厳密な意味で言うと、何個のピストン、コンロッドの中から選別したかということになり、100個のピストン/コンロッドよりは1000個の中から、1000個のピストン/コンロッドよりは10000個の中から選別したほうが、当然バラつきの小さな組み合わせが可能となる。しかし、膨大な数のパーツの中から選別作業を行うこと、選別作業自体が大変な労力になることを考えれば、自動車メーカーの規模でなければできない手法である。
ピストンが3つある写真 画像はこちら
次のステップは、こうして選別されたピストン/コンロッドの組み合わせを、さらにピストン、コンロッドを切削加工することで、各気筒間の重量バランスを極力小さなものに抑えるという、バランスどりの精度向上作業である。いわゆる「チューナー」の職人技と呼べる領域の作業で、どこをどう削って軽量化するのが最善かということは、作業を担当する人間の能力、経験値による。また、この手法は、自由なピストン/コンロッドの選別ができない条件、環境(個人チューナー、個人オーナーの場合)においては、現状のパーツを切削して重量合わせをする手法しか選択できない。
エンジン内部を手作業で調整している写真 画像はこちら
メーカー製のレーシングエンジン(たとえばF1など)のように、生産段階から精度の高い製法で作り(=パーツの製品バラつきは極小)、さらにその上で重量合わせの作業を行うことで、ほぼ理想に近いパーツの重量バランスが得られることになる。
ホンダのF1マシンのパワートレイン 画像はこちら
クランクシャフトも同様で、カウンターウェイトの切削で回転バランスをとることになる。考え方としては、タイヤ/ホイールの回転バランスどりと同じである。やはりこちらも、工作精度の高いクランクシャフトであれば修正幅は小さく、また回転バランスに優れたクランクシャフトということができる。
クランクシャフトが2つある写真 画像はこちら
フライホイールに関しては、クランクシャフトの回転バランスと一体化して捉えられる場合も多く、フライホイール自体は、回転バランスのとれていることが基本条件となるパーツだ。回転バランスではなく、軽量化(回転マスの低減)によるエンジンレスポンスの向上に狙いがあるパーツで、場合によってkg単位での軽量化を行う場合もある。
カムシャフト、吸排気バルブの回転/重量バランスどりは、市販車のレベルであれば無視できる状態と考えてよいだろう。と言うのは、現在の工作精度であれば、回転バランスのムラや重量の不釣り合いはほとんどあり得ないからだ。やはり目が向くのはピストン/コンロッド/クランクシャフトだが、これらの製造精度は相当に高く、市販車の状態で言えば、実用性能上まったく問題ないレベルにある。
しかし、これまで触れてきたようなバランスどりに留意したエンジンを搭載する市販車もあった。いずれも限定車、あるいはそれに準じた生産規模の車両だが、ホンダNSX-R(NA2型)やスバルWRX STI TYPE RA-R(VAB型)など、ベースモデルに対して高額な価格設定となっているのは、使われたパーツのコストもあるが、精度を上げるために注ぎ込まれた時間や手間、技術料が含まれているからだ。
スバルWRX STI RA-Rのエクステリア 画像はこちら
実際、走らせてみると、あまりにスムースで素早いエンジンの回り方に、一種の感動を覚えることになる。どちらも、ベース車両のエンジン特性に不満(というより、よく出来ているという印象が強いが)はないが、バランスどりの施されたエンジンを積む車両を走らせてみると、驚愕という表現がふさわしい感触を味わうことができる。バランスどりの施されたエンジンは、回り方の「質」が高いという感触で実感ができる。