この記事をまとめると
■ロールスロイスの航空機用エンジン「マーリンV12」を搭載するザ・ビーストというクルマがある
■排気量27リッターで最高出力は1000馬力、燃費はリッター1km
■ロールスロイスとして登録したことで本家と裁判になり敗訴している
ロールスロイス製27リッターV12は余裕の1000馬力
一般的に「ありえない」と思われることでも、その道の達人によれば「いや、そうでもない」と涼しい顔をされることがあります。
例えば、どんな蛮勇をふるっても80km/hでしか曲がれないコーナーでも、セナとかフェルスタッペンなんかは120km/hくらい、しかも鼻歌まじりでよそ見しながらクリアしがち。あるいは航空機エンジンをクルマに積もうなんて大それたアイディアも、トランスミッションのエンジニア、ジョン・ドッドによれば「出来るさ!」という結論に。驚くような事柄は、生きていればなんぼでもあるようです。
ビースト(野獣)と呼ばれる、不格好なクルマ。フロントノーズが異様に長いことに気づくでしょう。それもそのはず、フードの下には全長1.8mにおよぶ航空機エンジン「マーリンV12」が搭載されているのです。ああ、ドラッグレーサーでしょ、ジェットエンジン積んじゃったりなんかしてるのもいるよね、などと思われるのもごもっとも。
一般道を走るのに27リッターもの排気量や、1000馬力なんて必要ないばかりか「危なくね?」と思うのが普通です。が、ザ・ビーストはスペインからイギリスまで自走で出かけてくるという普段使いのできるクルマ! もっとも、1リッターあたり1kmほどの燃費だそうですから、ガス代だけでも卒倒しそうですけど。
そもそも、ロールスロイスが戦時中に戦闘機用として開発したエンジンをクルマに積もうと考えたのはドッド氏の友人、ポール・ジェイムソン氏だったそうです。さらに、ザ・ビーストそのものの設計も友人のフェルプス親子に依頼するという、手作り感たっぷりなプロジェクト。
この際、ドッド氏は「ロールスロイスのエンジンを積んだから、車名はロールスロイスだろ」とナンバー登録したのですが、気取り屋の本家ロールスロイスはこれを認めず裁判沙汰に。で、1967年には初代ザ・ビーストが出来上がってしまい、ドッド氏はこともあろうにスウェーデンの自動車ショーに自走で出品に向かったのでした。なにしろ、ザ・ビーストのコンセプトは「ドラッグレーサーにあらず、常にロードカーであるべき」だったのですから。
ところが、この帰路においてザ・ビーストは出火、なかば焼失という憂き目に。ロールスロイスがホッと胸をなでおろしたのも束の間、ドッド氏はザ・ビーストの修復、正確に言えばさらなるチューンナップ、カスタムを加えることにしたのでした。
もちろん、この際も車名はロールスロイスで登録したばかりか、パルテノン神殿とも揶揄されるRRのグリルを装着。またしてもロールスロイスから訴えられることに(笑)。残念ながらドッド氏は敗訴してしまい、多額の損害金を被ることとなり、「嫌気がさして」スペインへと隠遁。ビーストもしばらくの間は惰眠をむさぼることになったのでした。