速度無制限のアウトバーンがドイツ車の走りを鍛えた
1980年代初期、東京で行われたドイツ工業展示会を訪れた際、会場の一角からタイヤのスキール音が発せられていることに気がついた。発生源のBMW社ブースを訪れると、大きなローラーが回転する上にタイヤとフロントサスペンションが取り付けられた装置が吊るされ、ローラー上で上下左右に動いてスキール音を発生させていた。
聞けば独・ニュルブルクリンク(通称:ニュル)のコースで実際にデータを取り、同じ前輪の動きを再現しているのだという。「機械だから24時間の耐久テストもスイッチひとつでできます」と解説者が自慢げに語っていた。まだ国産メーカーがニュルを走り始めて間もない頃にBMWはすでにそこまで達していたのだ。
ドイツ車が走行特性と耐久性を重視した視点を持つのは、速度無制限のアウトバーンが存在することも大きな理由といえた。200km/hで走れば時間は短縮できるが、運転に疲労困憊してしまったら目的地に到着してすぐに仕事に取りかかれない。快適性の上に高速性が確立されていなければ意味がなく、操縦安定性を獲得することも重要な課題であったはずだ。
こうした環境がドイツ車を鍛えあげたことは間違いない。そしてそれは、車両開発にかかるあらゆる分野に通じている。サスペンションのアーム、ブッシュ、ショックアブソーバ特性、タイヤ性能、車体剛性そしてテストドライバーの能力も問われる。
走行感覚とは感応性能という数値化することが難しい領域で決まる。テストドライバーの感応性が高まり正しい認識と導きがドイツ車の走りを向上させたてきたといえる。
いまだにテストドライバーの評価は重要視されていて、開発途上でエンジニアとテストドライバーの意見に違いが生じた場合、テストドライバーの意見が最優先される。そこが国産メーカーと圧倒的に異なっている点だ。
かつてE38型BMW 7シリーズを開発したエンジニア氏はBMWがランドローバー社を買収したことでレンジローバーの開発エンジニアに就任した。彼が最初にしたことは、E38型7シリーズで開発したフロントサスペンションメンバーをレンジローバーに採用することだった。そのサスペンションメンバーはドイツの特定のサプライヤーしか作り出すことができない特殊な内部構造を持ち、優れたステアリングフィールを導き出していた。
ちょうど僕自身がE38型7シリーズのステアフィールの素晴らしさに惹かれ、その要因を探っていた時期で、レンジローバーを試乗してステアフィールがE38にそっくりだとエンジニア氏に話したことから話しが盛り上がり、開発秘話として打ち明けてくれたのだった。彼はその後ドイツ・フォードに移籍。フォード・フォーカスの走りをBMW 3シリーズ並みに引き上げた。
彼らが手がけたクルマは乗れば感じ取れる。その後X350系のジャガーXJも手がけたはずだ。
こうしたエンジニアやテストドライバーの存在がドイツ車の走行感覚を磨き上げてきた。国産メーカーがいくら部品単位でバラしても、見出だすことができない感応性能の肝となる根幹部分なのである。
ドイツ車を知る人、選ぶ人は金持ちアピールしたいからではない。こうした奥が深いドイツ車の走りの深淵に触れ魅了された人達なのだ。