大ヒットしすぎて工場は増産体制を取るまでに!
ちなみに車名のBe-1は、「A案」、「B-1案」、「B-2案」、「C案」の4案が存在したデザイン案のなかからB-1案が採用されたことから名付けられており、別の案が採用されていたら違う名前になっていた可能性もあったようだ。
そんなBe-1はただマーチの内外装を変更したモデル、と言ってしまえばそれまでだが、左右のフロントフェンダーや、前後のエプロン部には米国のGE社と共同開発した新しい樹脂部品が使用され、複雑な形状の再現や耐衝撃性に優れるなど、Be-1らしいデザインを実現する一端を担っていたのだ。
ユーザーの声によって1987年1月に1万台限定で販売がスタートし、およそ2カ月でそのすべてが完売。当初は協力会社の高田工業の手によって月産400台を予定していたが、その人気ゆえに月産600台に増強されたという逸話もあるほどだった。
Be-1はクルマだけでなく、「Be-1ショップ」と名付けられたアンテナショップも存在し、ミニカーやキーホルダーといった定番アイテムから文房具、衣類やバッグといったアパレルまで幅広い商品を取り揃えていたことも特徴となっている。
なお、Be-1は1万台の限定が瞬く間に完売してしまい、欲しくても購入できないユーザーも多数出てしまったことから、パイクカー2代目のパオは期間を区切って受注を受け付ける方法に変更されている。