この記事をまとめると
■ルノーにはかつて大衆車「5」のミッドにエンジンを搭載したホモロゲモデル「5ターボ」が存在した
■5ターボ発売の2年後には性能は維持しつつコストダウンされた「5ターボ2」が発売された
■以後もルノーは、大衆車の後席にエンジンを搭載したミッドシップのスポーツカーを度々生産している
フランス国営企業が大衆車のミッドにエンジンをぶち込む衝撃
EVの時代が来る来るといいつつ、じつはルノーの考えるスポーツ観っていい意味で変わってないんじゃないの? と思わせるのが2022年秋に発表された「ルノー5ターボ3E」。
先んじて「ルノー5エレクトリック」というスポーティながら優等生な雰囲気漂う、より市販っぽいカタチの一台が前年に発表されていただけに、わざわざ約1年の間隔を挟んで登場した、ツインモーター380馬力で後輪駆動という過激なEVドリフトマシンのコンセプトをどう理解したらいいか?
それには故事成語を知る必要がある。それがグループ3と同4、次いでグループB用のホモロゲモデルとして開発された、ルノー5ターボと同IIだ。
よく「ターボ1」や「ターボ2」と表記されるが、それは後からターボ2またはIIが登場した都合上、区別するための呼び名がついた、と考えていい。
ルノー5ターボは1970年代末、「ターボ」という技術が、セクシーどころかグラマラスの極みとして扱われていた時代、当時のルノーの主軸、初代ルノー5(サンク)の1.4リッターエンジンをターボ武装してミッドに搭載、という見たまんまの成り立ちを持つ一台だった。
いわばスモール・ハッチバックだというのにドーピングしたエンジンありき。そのパワーを路面に伝えるためにリヤシート部分を犠牲にしてミッドシップ化、そしてワイドに広がったリヤフェンダーの内側になんとか極太のタイヤを収めたという……、まるで子供がスケッチブックに書いたようなターボカーが、現実のものとして、しかも国営企業から市販されたのだ。
こんなことが可能だったのは、アルピーヌとゴルディーニが1970年代初頭に公団ルノーに吸収され、F1もラリーもターボ技術で制するという強力な方針がルノー本社と(アルピーヌのある)ディエップ(ゴルディーニがあっていまはF1の拠点である)とヴィリー・シャティヨンの間で共有されていたからだ。これぞ黎明期のルノースポールの姿でもある。
しかもそのボスは、F1を含むあらゆるカテゴリーで活躍したジェラール・ラルース。現役ドライバーはジャック・ラフィットらで、育成世代にはアラン・プロストがいた。モータースポーツを公団ルノーと呼ばれたフランスの国営企業がガチで手がけ、パワーとスピードが進化のド真ん中にあって、やがて人口に膾炙して隅々まで広まるもの……、という壮大なビジョンを誰もが信じて疑わなかった、昭和のフランスの話だ。