海外で大人気だったから入れたのにまさかの大ゴケ! 日本のファンにウケなかった「逆輸入車」5選 (2/2ページ)

本国では大ウケするも日本では超短命に終わってしまう

 日本ではLLクラスミニバンの元祖的存在として日産エルグランドが伸びていたころ、トヨタは「アルファード」の開発を進めた一方で、ホンダはカナダで製造していた北米向けオデッセイを「ラグレイト」として日本に導入するという判断をした。

 200馬力を超える3.5リッターV6エンジンを積み、全長は5mを超えるという体躯のラグレイトは、ミニバンのフラッグシップといえるモデルだった。しかし、北米市場向けの大きすぎるボディが受け入れられず、一代限りで日本でのモデルライフを終えることになってしまった。その後、国内生産のフラッグシップミニバンとして「エリシオン」が登場するが、こちらも結果的に国内では販売終了となった。ホンダの大きなミニバンが日本でヒットできなかったのは、ラグレイトでの躓きが影響したのだろうか。

 もっとも、ホンダが北米市場から導入したモデルとしては「ラグレイト」は失敗とはいえないかもしれない。なぜならもっと厳しい結果しか残せなかったクルマがあるからだ。それが観音開きのドアを持つクロスオーバーSUV「エレメント」である。

 若者向けのスタイリング、道具としての使いやすさを追求したパッケージ、元気よく走る2.4リッター i-VTECエンジンとリアルタイム4WDによるパワートレインなど玄人筋の評価は高く、SUVムーブメントが広まるなかで、日本でも再評価されるなどしているが、いかんせん時代の先を行き過ぎていた。

 北米で生産された日本仕様が上陸したのは2003年4月だったが、2005年12月には販売終了。3年足らずで見切りをつけられることになってしまった。北米ではスマッシュヒットを果たしていただけに、目論見通りにはいかなかったといったところだろうか。

 同じく、北米と日本の好みの違いを感じさせられたのが三菱のフラッグシップクーペ「エクリプス」だろう。現在ではエクリプスクロスという名前のクロスオーバーSUVとなっているが、当初は北米をメインターゲットとしたスポーツクーペだった。

 日本にも最終モデルのコンバーチブル(4座オープン仕様)が帰国子女モデルとして上陸したが、2004年10月に導入が始まり、2006年3月には販売終了となるほどだった。あらためて見ても、北米向けのバタ臭いスタイリングや左ハンドルだけの設定だったことを考えると、短命だったのもやむなしといったところだろうか。


山本晋也 SHINYA YAMAMOTO

自動車コラムニスト

愛車
スズキ・エブリイバン(DA17V・4型)/ホンダCBR1000RR-R FIREBLADE SP(SC82)
趣味
モトブログを作ること
好きな有名人
菅麻貴子(作詞家)

新着情報