「ボディはダンボール」「最高速はレッカーされてるとき」 都市伝説だらけの東ドイツの国民車「トラバント」のホント (2/2ページ)

ラリー車やワゴンなどバリエーションも豊富

 その後、マイナーチェンジで600ccにスープアップ。それでも、26馬力/53.95Nmですから、620kgの車重、大人4人を運ぶには力不足は否めませんね。ただし、エンジンを横置きしたFFレイアウトや、リーフスプリングもまた横配置してのダブルウイッシュボーンサス(前輪)といった優れた設計には、技術者たちの意地やプライドがにじんでいるかと。

 一方で、混合給油となるガソリンタンクがエンジンルーム内に配置される点はいただけません。滴下式キャブと相まって、火災のリスクが懸念されるのです。また、排ガス対策も無いに等しいため、現代の路上を走るのにはいろいろと苦労をしそうではありますね。

 それでも、ドイツ国内での根強い人気からか、申請をすると特別な許可がおりて公道走行も可能になるのだとか。現に、ベルリンではトラバントを運転するツアーや、トラバントのタクシーといった「アトラクション」があるそうです。さすが自動車文化に造詣が深いドイツならではといったところでしょう。

 トラビの愛称で呼ばれることもあるトラバントですが、じつはラリーに参戦したこともあります。排気量を771ccにあげ、足まわりをはじめボディのそこかしこを補強したモデルはP800RSとそれっぽいモデル名となり、スポット参戦ながら過酷で有名な1000湖ラリーなどに出場。もちろん、さしたる成績ではないものの、しっかり完走を果たしており、東ドイツの面目を見事に保ったといえるでしょう。

 このグループA車両以外にも、トラビはオープンモデルや、ワゴンタイプといったバリエーションもあるようです。架装してあるボディを替えるだけとはいえ、トラビファミリーはちょっと楽しげではありますね。

 そんなトラバントは1991年、ついに生産を終了しました。最終モデルとして1990年にフォルクスワーゲンからポロの1.1リッターエンジンが供給され、トラバント1.1というモデルをリリースしていましたが、値段も相当上がってしまい、東ドイツの人々にとっては高嶺の花に。

 一方、自由化のおかげで西側の良質な中古車が安値で手に入ることにもなり、トラビはその役目を終えることとなったのです。東西ドイツの自由化、次いで統一に伴った社会環境の大きな変化に追いつけなかったとはいえ、ちょっと物寂しい幕切れではあります。

 その後、2007年にドイツのミニチュアカーブランド「ヘルパ」が、ニュートラビとしてEVを企画したものの、資金不足で実現は叶いませんでした。実車ができていれば、最高速130km/hという昔では考えられなかった高性能! スタイルなどもうまいことアレンジされていたので、惜しいチャンスでした。

 では、最後にちょっと切ないトラビ小咄をご紹介しておきましょう。

 東西自由化で、西側アウトバーンをたくさんのトラビが走るように。当然、事故も増えてきた状況で、トラビとメルセデス・ベンツが正面衝突をしたときのこと。「トラビは木っ端みじんになったけど、メルセデス・ベンツはワイパーひと拭きで済んだ」なんともやるせない(笑)。


石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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三菱パジェロミニ/ビューエルXB12R/KTM 690SMC
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