中古車はどんなときでも一期一会
アルファロメオ RZトロフェオ
こちらも、輸入車専門誌で表紙に登場させたクルマ。当時SZは、かの徳大寺大先生をして「抜群に魅力的! ただし、クルマとしての完成度はダウト」みたいな評価だったかと思いますが、筆者も同感。撮影や取材で何度も乗らせてもらったり、友人がふたりもSZを手に入れたりして、わりと身近にあったからかもしれませんが「やっぱ、どうってことねーな」くらいの印象。
しかし、その後に乗ったRZのワンメイクレース用マシン、トロフェオはまったくの別物! 屋根がなくなって、6点式ロールケージが組み込まれ、エンジンはアルファコルセだったかコンレロだったか、ファインチューンが入ったくらいでしたが、「最初からこういうのにしてくれたらよかったのに」と思うことしきり。とにかくハンドリングが異次元で、当時のPゼロと相性バッチリ! 路面追従性の高さといったら「張り付いてんの?」ってくらいのビタビタ感で、この感触は1999年にフェラーリ360モデナに乗るまでぶっちぎりでした。
※画像は通常モデルのRZ
当然、そんなタマは当時のザガートジャパンが試しに輸入した1台だけで、すぐさま売れちゃうのかと思いきや、1年近く葉山の倉庫に眠っていたようです。表紙撮影からしばらくの後、ご担当の方としゃべくっていた折「あんなの(RZ)売れるわけねーべ」となり、意外に思って理由を問うと「ナンバーは無理くり付けても、所詮はレーシングカーだからサービスが難しい」とのこと。
「どっかに、心の広いお金持ちいたら紹介してよ」と聞くにおよんで、筆者は寝ずに3日ほど考えた挙句、「964RSとの2台持ちは経済的に無理。とはいえRS売ってまで手に入れたいかというと???」なんとも情けない&女々しい結論に。
じつは、いまでも葉山とか逗子のあたりを走るたび「ああ、ひょっとしたらこの道をRZで走っていたのかも」などと目頭が熱くなるという未練タラタラな不始末です。
ポルシェ959
大それたことを、そう思われても致し方ありません。なにしろ、自分でも大それ過ぎたといまでも反省と後悔をしております。だいたい、欲しいクルマが出てくるとそれを深く掘り下げて研究するのが筆者のプロトコル。これまで手に入れたクルマも、事前に専門書やらヘインズのサービスマニュアル、はたまたディーラーの整備要領なんかもゲットして勉強していました。で、いろいろ知識を積み上げていくにつれ、欲しい度合いもアップしていき、ついにゲットした暁の満足度たるや何物にも代えがたい喜びであること、ご承知のとおりです。
もっとも、959は「欲しい」と思って勉強したわけではありません。なにしろ、スーパーカーですから、欲しいどころか「憧れリスト」にすら載せるのを憚るような尊い存在。じつは、当時在籍していた編集部で959の別冊を刊行することになり、筆者はそれこそバイザッハでの取材やら、開発責任者のボット教授のご自宅までお邪魔するなどポルシェ大学959学部の研究生かのような境遇に恵まれたのでした。
無論、別冊発売時だって959は高嶺の花、すぐさま欲しくなったわけでもありません。ただ、脳内での存在感はマシマシ、当時のディーラーにいらした959マイスター(959の整備情報などを本国で仕込んできた方)とおしゃべりする時間がこの上なく幸せな時間となっていました。
その後、十年ほど経過したころでしょうか。お世話になっていたポルシェのチューニングショップから連絡があり、並行モノ、距離不明(メーター交換の跡あり)、しかも車体横に軽微な修復歴あり(いわゆる事故車)という959の売り物があるとのこと。値段は500万円でいいと聞くと矢も楯もたまらず秒で飛んで行きました。
で、修復歴は予想よりはるかにマシで、線キズ直したくらい。インテリアのレザーだってヒビすらなく、チューニングショップだけに圧縮からなにからチェック済みで「問題なし」の太鼓判。ですが、ひとつだけ許せなかったのはリヤバンパー、マフラー上の焼けでして、これの修理は件のマイスター曰く「ケブラーを含んだ特殊素材なので、剥離や再塗装は無意味」ついては塗装済みのリヤパネル一式を本国から取り寄せるしか術はないとのこと。
また、タイヤの交換が必要だったのですが、純正の空気圧センサー付きホイールはセンターロック機構なので、なにかと手間も多いし面倒。「911ターボのハブ、キャリパーにしたい」とマイスターに相談したところ「物理的には可能だが、959の価値は損なわれる」と至極ごもっともなお返事。
しかも、パネルやキャリパーの値段は余裕で500万円以上になったので、あえなく、というか当然のように筆者は撃沈。後日、マイスターのところに諦めた旨を伝えにいったところ「42万マルクという値段(およそ3600万円)ですから、それだけのパーツが積み重なってるんですよ。クヨクヨしなさんな」と肩を叩かれたというね。
とはいえ、人生で1回くらいは大それたことやってみたかったなぁ、といまでも胸がうずくこともあるのです。