この記事をまとめると
■バブル経済崩壊で需要は「高価でも高性能なもの」から「安価で使い捨てできるもの」へと移行した
■経済の停滞により安さだけを指標とした事業展開や消費が根付いてしまった
■輸入に依存した暮らしが日本人の本物や本質を見抜く眼力を失わせている
日本人の得意とする高性能化が求められなくなった
日本の半導体は世界一といわれた時代があった。1980年代のことだ。1970年代の排出ガス規制以降、クルマの電子制御化が進んで半導体の需要が高まった。家庭電化製品も自動化などを含め、電子制御によりボタンスイッチひとつで機能する性能が増えていく。そこをバブル経済が後押しした。製品はどんどん高性能化し、高価であっても新しい機能に消費者は酔いしれた。当時の電器産業は、自ら半導体を製造していた。
バブル経済が崩壊すると、日本の景気は一気に落ち込み、以来、失われた10年どころか、過去20年も国民の所得は上がっていないとまでいわれる時代になっている。
この間に、さまざまな商品の電子制御化は進んだが、社会基盤としての通信事業や、クルマなど安全にかかわる設計を重視する製品の半導体と、携帯電話やスマートフォンで使う半導体では、品質や耐久性に大きく差があり、日本人が得意とする高性能化が必ずしも量的な半導体需要に必要ではない製品の普及があった。
景気の低迷によって投資が抑えられたこと、精緻で高性能であることがすべての製品に必要ではなくなり、量的には適度な耐久性であれば十分という半導体が世界的に広まった。たとえば、何年かで買い替えされるパーソナルコンピュータや毎年のように新型が売り出されるスマートフォンに、10年の耐久性は必要ないのである。
日本も景気が伸び悩むなか、安価な部品を求めるなら、海外から調達したほうが合理的で儲けも出る。1990年代から世界を席巻したのがグローバル化だ。内製にこだわらず、安いものを海外から調達すれば、良品廉価が成り立つ。