いまでも手作業で組み立てるクルマがあった!
トヨタ 2000GT
トヨタのイメージリーダーとして1967年に登場した2000GT。いまでは1億円を超える価格で取引された例もあるほどスペシャルな1台となっているが、当時の価格238万円は、前述のシルビアの2倍であることから考えても、当時からかなりの高額車だったことが伺える。
しかし、それであっても赤字とも言われていたのには理由があり、2000GTはボディの成型のみならず、車体の組み立てやボディパネルの溶接、塗装からエンジンの組み立てに至るまで、多くの行程が手作業でなされていたのだ。
そのため、同じ年式の個体であっても微妙に違いがあり、補修部品などもそのまま装着できないケースも多々あるというが、それもまた味わいということなのだろう。
番外編:ミツオカ車全般
現在、バディが大人気で納期が1年半~2年となっているミツオカ。そんなミツオカからリリースされる車両はすべて手作業によって作られていたのである。そもそも富山県にあるミツオカの工場には、他メーカーの工場のようなラインもなければオートメーション化されたロボットも存在していないのだ。
なお、ご存じのとおりミツオカ車はベースとなる車両があるが(バディの場合はトヨタRAV4)、基本的にベースとなる車両は完成した状態で入庫しており、まずはミツオカ車にするために不要な部品類を取り外すところから生産工程がスタートする。
その後、新たなボディパネルの装着や溶接、パテなどによる成型作業に塗装を経て、ようやくミツオカ車として生まれ変わるという行程を経ている。そのため年間で生産できる台数はおよそ500台とごくわずかで、じつはかなり希少なモデルたちとなっているのである。