レックス復活……もスバルファンは「違うじゃん」! 俺たちが愛した「やりすぎ軽自動車」レックス3代の歴史 (1/2ページ)

この記事をまとめると

スバルのラインアップに「レックス」が復活

■ただし現行レックスはダイハツ・ロッキーのOEM供給車

■この記事では元祖スバル・レックスの魅力を振り返る

スバルの軽自動車「レックス」の歴史を振り返る

 スバルのラインアップに「レックス」の名が30年ぶりに復活。一部スバルファンの間では大きな話題となっている。車名が復活したといっても、ダイハツ・ロッキーのOEM供給車なので、往年のスバル・レックスとはなんの関連性もない。かつてのレックスは軽自動車だったのに、新しいレックスはSUVであるなど、往年のレックスから継承されたものがなさすぎるのを残念がる声が噴出しているが、是非に及ばずといったところ。スバル店で買える小型車が増えたこと自体は歓迎すべき話だ。

 ごく一部からとはいえ、予想以上に多くの不満の声が飛び交ったのは、レックスは今も古参のスバルファンから愛されているからだろう。スバルオリジナルの軽自動車というと、ヴィヴィオやサンバーのほうがはるかに人気があるものの、レックスもまた、スバルらしさに満ち溢れた名車だったのだ。

 スバルオリジナルのレックスの魅力を簡単に振り返ると、まず1972年デビューの初代モデルの斬新さが際立つ。エクステリアは、カウンタックなど当時のスーパーカーでも主流のウェッジシェイプを強調したデザインを採用。当初、ボディは2ドアのみで、当時のラインアップのエントリー層を担う軽自動車でありながら、スタイリッシュさと高性能を追求したスポーツモデルとして生み出されている。

 当時の競合車、スズキのフロンテがスティングレー・ルックを採用するなど、軽自動車にもスポーツ性が求められる時代でもあったが、初代レックスのスポーツ性は群を抜いている。最上級グレードのGSRは、砲弾型ミラーやコンケープ(湾曲型)ダッシュボード、デュアルスポークハンドルなどで内外装を武装。37馬力ソレックスツインバレルキャブレターやスタビライザー付きハードサスペンション採用など、高いスペックでグランドスポーツを強く意識していた。

 もちろん、レックスは日本のモータリゼーションを支えた歴史的な名車、のちに機械遺産として認定されるスバル360の系譜を引き継ぐスバルの主力の軽自動車だ。稀代の名車スバル360も、1960年代後半になると後発の軽自動車との競合に苦戦を強いられるようになり、その対策を盛り込んだ次世代モデルのR-2は、「運転のしやすいクルマづくりのために工夫の限りを尽くす」などと、今のキャッチコピーにも通じる信念を表現。

 R-2は内装の豪華装備にも力を入れ、「ハイバックシート」という見た目のゴージャス感とホールド性の高さを両立させたシートを強く訴求。内外装がかなりスポーティで豪華な雰囲気のグレードも設定されるも、わずか3年で次世代レックスへ移行したわけだが、初代レックスは時代を先駆けて一気にスポーツ路線を強めることになる。

 競合車がFFを採用して対抗してくるなか、あくまで軽自動車ではRRにこだわり、ホイールベースの延長などでFFに負けない居住性を確保。逆反りリヤウインドウがRRとしてはかなり広い室内をもたらした。キャビン後方に配置された水冷エンジンと電動ファンは騒音が少なく、スバル独自のアイドル・サイレンス・バルフなどの採用でトップレベルの静粛性を実現している。室内空調は頭寒足熱を強く意識したもので、無段階調節レバー付きであるなど、細部の使い勝手も凝っていた。

 ボディラインアップは年々豊富になり、オートクラッチ付きも追加。1975年には昭和51年排ガス規制を軽自動車で初めて適合するなど、エコ性能面でも時代をリードしていたのだ。


マリオ高野 MARIO TAKANO

SUBARU BRZ GT300公式応援団長(2013年~)

愛車
初代インプレッサWRX(新車から28年目)/先代インプレッサG4 1.6i 5速MT(新車から8年目)/新型BRZ Rグレード 6速MT
趣味
茶道(裏千家)、熱帯魚飼育(キャリア40年)、筋トレ(デッドリフトMAX200kg)
好きな有名人
長渕 剛 、清原和博

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