水冷化してもポルシェの圧倒的技術力は健在
空冷エンジンは構造がシンプルで生産性に優れ軽量だ。戦争の多い時代背景にあっては、低コストでシンプルな空冷エンジンが必然であったし、航空機の多くも空冷エンジンだった。
しかし、911となっても空冷を踏襲したのは、こうした理由とは異なる。ポルシェは、356の時代からレースやラリー、スピード記録を極め、空冷エンジンのメリットを最大限に引き出していた。軽量でシンプルであることはモータースポーツシーンにおいても重要であり、加えて空冷エンジンはレスポンスにも優れていた。
ボク自身、初めて空冷のポルシェ911を操ったときに、その圧倒的なアクセルレスポンスに驚かされた。ヒール&トウで回転を合わせようと少しアクセルに足を乗せただけでも、エンジン回転は瞬時に吹き上がり過回転となってしまう。空冷911でヒール&トゥを決めるのは独特なペダル配置もあって至難の業だった。そんなことから911を自在に操れるドライバーは「911マイスター」として崇められたほどだ。
空冷フラット6エンジンは、なぜそんなにシャープなレスポンスを可能としているのか。それはまるでポルシェ独自のエンジン理論でも存在しているかのような特別さがあった。要因として大きいのは空冷構造により冷却水が必要なく、冷却水を循環させるウォーターポンプなどの損失がないことが挙げられる。水冷エンジンもレース用になるとウォーターポンプを除去し、高温になった冷却水が自然循環する仕組みとしてレスポンスを高める場合がある。空冷ポルシェはそうしたメリットを最大限活かし、市販化を実現しているのである。
空冷エンジンは大量のオイルを循環させる油冷方式とも言えるが、オイル潤滑はドライサンプ化して油圧損失を軽減させているのもレーシングカーと同じ方式だ。そしてル・マン24時間レースを始め、世界中の多くのレースシーンで好成績を収め、空冷ポルシェの実力とともに信頼性の高さをも示したのである。
1997年に911のエンジンが水冷化されると、世界中の空冷ポルシェファンから悲鳴が漏れ伝わった。ポルシェが911を水冷化したのは時代の要請に応えるためだった。厳しさを増す排気ガス規制や燃費基準など、環境性能をクリアするためにエンジンの水冷化は不可避だったのである。
だが、水冷化においてもポルシェは圧倒的な技術で臨んだ。シリンダーヘッドのウォータージャケットをクロスフロー冷却とし、フロントラジエターの分割低重心化レイアウトなどは現在でも引継がれている。また、シャープなレスポンス、吹き上がりも新しい技術革新で可能としているが、車体の肥大化、重量増加は避けられない事実として911のディメンションに影響を与えている。
こうしたことなどからポルシェファンの多くはいまでも空冷エンジンの911に固執し、その存在価値を高めているのである。