バブルだからといって何でもかんでも売れたわけではなかった
とはいえ、5チャンネルはバブルが崩れていくのと歩を合わせるように収束されていったのも事実。一連の流れのなか、光が当たった(売れた)クルマといえばユーノス500であり、対照的にパッとしなかったのが同じく800だったのではないでしょうか。
景気の良さを陰で支えた税制改革の追い風を受けて、自動車メーカーが軒並み3ナンバーの大型セダンでデッカく儲けようとするなか、500は愚直なまでに5ナンバーにこだわった中型セダン。それでも、マツダ独自の高品質な塗装や、シックな内装、昔のカペラで培ったアウトバーンでも破綻のないシャシーなど「いいもの感」たっぷりだったのです。その上、800との差別化、ライバルたちへのアドバンテージとして「そこそこなお値段」で提供されたのですから売れないわけもありません。
一方の800は「十年基準」と銘打ち、10年飽きない品質やミラーサイクルなんて手が込んだエンジンまで搭載したもののバブルの恩恵は今ひとつ。これは、ユーノス販売店に出かけるとショールームの一等地に飾られたコスモやロードスターに比べ地味だったこと、先の500が800に似ているわりにお手頃だったことが理由かと。
もっとも、ご承知のとおり800は「ミレーニア」と名前を変えてバブル後2003年まで生産されるなど、商品力の確かさは証明されています。コスモがありえない高騰をしている今なら、800こそねらい目なクルマかもしれません。
ところで、三菱自動車は出自が財閥系だけあって昔も今もエリートが多数在籍しているようです。もちろんバブル期においても同様で、そんなエリートが東大同窓生なんかと飲みに出かけたと思ってください。すると、いくらかお酒で口が軽くなった大蔵省勤務の同級生が「いいよな、オマエんとこは! 今度の税制改革ででっかいクルマじゃんじゃん売れんじゃん」みたいなことをポロっともらす。「え? なになに、3ナンバーの税金下がるの!」てな会話があったかどうかわかりませんが、三菱自動車は1989年の改正を事前にキャッチしていたとしか考えられないタイミングで3ナンバーFFセダン「ディアマンテ」を発売。
めっちゃ売れまくったのは他メーカーが続々と後追い車種、すなわちトヨタ・ウィンダム、日産セフィーロ、ホンダ・アスコットイノーバなどを発売したことでも証明されています。言うまでもなくディアマンテの商品力が高く、時代にマッチしていたことが大ヒットの要因ですが、好機を逃さない三菱自動車の企業姿勢もまた評価されるべきファクターにほかなりません。
この他、バブルの落とし子的に語られることが多いマツダ・ペルソナ、トヨタ・カリーナED、ホンダ・インスパイアなど、全部が全部バブル景気だから売れたってわけでもなさそうです。むしろ、バブルは名車を育むゆりかごのようなものだったのかもしれません。それにつけても、財布のヒモを緩める時代が再び来てくれること、切に願いたいものですよね。