レーシングスピードで走らせるにはスキルと強靭な肉体が必要
しかし、車速が上がってくると、その印象は激変する。トップカテゴリーのフォーミュラカーやGTマシンは空力性能に優れていて、速度が高まるとダウンフォースが高まり、車体を地面に押さえつけてくる。ステアリングの手応えが増し、安定感も断然高まってきて空力性能の高さを実感できるはずだ。
だからといって、そのままコーナーを曲がっていける訳ではない。レーシングマシンに装着されているレース用スリックタイヤは、本来のグリップを発揮できる作動温度領域が高い。したがって、速度を上げてダウンフォースだけ高めていても、タイヤのウォームアップが正しく行われていないとハイスピードのままコーナーを曲がることができないのだ。素人ドライバーがレーシングカーを試乗すると、多くの場合でタイヤウォームアップ不足によるグリップ不足でコーナーを曲がり切れず飛び出してしまったり、またはスピンしてしまうことになる。とくにタイヤが温まりにくい低温の冬場などは危険だ。
レーシングカーは各パーツが高価でクラッシュしたらとんでない修理費用がかかる。
コクピットはタイトに設計されていて、多くの場合はドライバー毎に専用のシートを作って取り付ける。さらに5点式以上のシートベルトでガチガチに固定され、息をするのも苦しいほどだ。さらにHANSという頸椎損傷を保護する専用の装置にフルフェイスのヘルメットを固定し、腕を動かすことも、首をまわすこともし辛い状況だ。
ヘルメット越しに見える視界は狭く、メーターを見ることも難しい。こんな自由度の少ない運転姿勢でよくレーシングスピードで走らせ、他車と競うことができるなと感心させられるはずだ。
さらに、LAPを重ねてタイヤ温度が高まり、タイヤが本来のグリップを発揮しはじめると、強烈な横Gが全身を襲う。たとえば右コーナーで先を見ようとしても頭が左に傾き、黒目を右に向けることもできない。シフトレバーを操作しようと手を伸ばしても、すぐそこにあるレバーに手が届かない。腕に横Gがかかって思うように動かせないのだ。
また、両足は横Gを受けてコーナー外側に傾き、アクセル操作を正確に行えない。レーシンググリップが発揮され、アクセルやブレーキのペダルを強く踏み込んだら加速Gと減速Gで頭部は前後に振られ、抗することもできないだろう。1周もしないうちに全身の筋肉は疲労し呼吸も苦しくなっているはずだ。
レーシングカーは誰でも動かすことは難しくない。しかし、本来のレーシングスピードで走らせるには、特殊なドライビングスキルと高いGフォースに耐えうる強靭な肉体が不可欠だ。モータースポーツがドライバーにとって過酷なアスリートスポーツであることを深く認識することができるだろう。
ただ、一般ドライバーがトップカテゴリーのレーシングマシンをドライブする機会は、国内ではほとんどない。