エアコン使ってるだけでオーバーヒート! 35年間アメリカのレンタカー旅を続けるライターがアメ車にドハマリした理由 (2/2ページ)

人生初のアメ車は色濃く思い出に残る1台だった

 ラスベガスで出会った日本の大学生とロサンゼルス市内で再び合流して、主に海岸をまわっていたのだが、ある朝駐車場に行くとタイヤがパンクしていたので、レンタカー会社に連絡すると車両を交換してくれるとのことなので、営業所へ行くと、車両交換してくれた。指定された駐車場番号のところへ行くと、最後の2日間に借りる予定だったミッドサイズクラスのクルマが置いてあった。それが、人生で初めて運転したアメリカ車となる、プリムス・リライアントであった。

 セントラを返却したあとにミッドサイズクラスの予約が入っているのを見て、セントラ借用期間の残り日数について“アップグレード”してくれたようで、そのまま帰国日まで乗っていていいと言われた。

 プリムス・リライアントは、当時のクライスラーが開発した“Kカー”のプリムス版で、日本車を意識した、アメリカ車としてはコンパクトなモデルとなっていた。FFとなりV型エンジンの搭載もなく、4気筒エンジンのみとなっていた。

 ベンチシートにコラムシフトという、当時のアメリカ車の定番スタイルの車内に乗り込むと、見た目は平板な印象の強いベンチシートだが、身体をしっかりホールドしてくれて快適そのもの。4気筒ながらトルクを感じるエンジンフィールもあり、アメリカ車の本流ともいえないリライアントであったが、すっかりアメリカ車に“ハマって”しまった。当時はアメリカ車についての知識はほとんどなかったのだが、当時の日本車と比較して、クルマ本来の基本性能の高さに舌を巻いたのをいまも覚えている。

 しかし、念のためオーバーヒートなどが恐かったので、エアコンは使わずに治安上はあまり良くないのだが窓を開けて運転していた。数年後にビュイック・センチュリー(日本名リーガル)のレンタカーを借りた時に、ラスベガスへ行く途中のフリーウェイの坂を上っている時に暑かったのでエアコンをそのまま使っていたら、水温計がみるみるうちに上昇していったので慌ててエアコンを切ったことがある。当時でも新車の日本車ならばまず体験することができないことが体験できたことも、筆者をアメリカ車“ぞっこん”にさせた。

 そんなこんなで30年以上アメリカドライブ旅行を続けている。いまどきはレンタカーも日本車ばかりなのだが、利用しているレンタカー会社の会員になったら、決められた駐車エリア内に停まっているクルマなら好きなものを勝手に選んでいいというサービスが利用できるようになったので、最近はアメリカンブランド車があれば必ずキープして楽しんでいる。日本車は日本車で、日本仕様とどこが違うかなどをチェックして楽しんでいる。

 数少ない筆者の道楽なのだが、コロナ禍となってからアメリカに行けない日々は苦痛そのものであった。行き交うクルマもほとんどいない砂漠の中の道を、お気に入りの80年代の音楽を大音量で聞きながらひたすら走るのが大好きなのだが、まさにそんな所を運転している時こそ筆者の人生にとって至福の時間なのである。


小林敦志 ATSUSHI KOBAYASHI

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愛車
2019年式トヨタ・カローラ セダン S
趣味
乗りバス(路線バスに乗って小旅行すること)
好きな有名人
渡 哲也(団長)、石原裕次郎(課長) ※故人となりますがいまも大ファンです(西部警察の聖地巡りもひとりで楽しんでおります)

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